大使館や高級ホテルが並び、かつての大名屋敷街の面影が今も残る、虎ノ門の坂の上。すくっと立ち上がるタワーのような建物の中に、工芸の世界が広がっています。
非日常の空間で工芸作品に出合う「菊池寛実記念 智美術館」
東京ケンチク物語 vol.62
菊池寛実記念 智美術館
Kikuchi Kanjitsu Memorial Tomo Museum
めざましい勢いで再開発が進み、大きく変化しつつある虎ノ門近辺。しかし大通りから少し入れば、大使館や高級レジデンスが点在し、閑静な空気感を湛えたままのエリアがまだまだ残る。「菊池寛実記念 智美術館」が立つのはそんな景色の中だ。窓のない、淡白色の石貼りの壁面がすっと細長く空へ伸び、1階部分に大庇がかかるストイックな建物。一見何かの塔か教会のような、華美さのない寡黙な佇まいがかえって人々の目を引く。館名に冠された菊池寛実は、明治生まれの実業家で、炭鉱をはじめ、エネルギー事業で身を立てた人物。大正末の1923年生まれの智はその娘で、若き日から2016年に生涯を閉じるまで、ゆうに半世紀を越えて現代陶芸の蒐集に勤しんだ。そんな彼女が、自身のコレクションを母体に、主に現代陶芸の紹介を目的に2003年に開いたのがこの私設美術館だ。
1階と地階に美術館が入る建物の設計は、モダニズムの旗手・坂倉準三の後進である坂倉建築研究所によるもの。敷地は寛実が晩年の活動の拠点とした場所で、いずれも築100年ほどの歴史をもつ西洋館や蔵、日本庭園がある景色に、奥ゆかしい様子の建築が違和感なく溶け込んでいる。鋳金作家が手がけたという大胆なデザインの金属の扉を抜けて内部へ入ると、外観とはまったく印象の異なる空間が現れる。象徴的なのが1階のホールと地階の展示室をつなぐ螺旋階段だ。ゆったりとしたカーブを描く壁面には鈍い光を放つ銀の和紙が貼られ、高名な美術家、書家の篠田桃紅による「真行草」のコラージュが踊る。トップライトを受けてきらきらと輝く長い手すりはガラスで、こちらもアーティストがこの場所のために作り上げたものだ。さらに展示室は、アメリカ人デザイナーのリチャード・モリナロリの作。作品は基本的にガラスケースに入れず、素材感や物質感を間近に鑑賞できるように設計。ライティングも入念で、一点一点にスポットライトを当てることで、没入感のある鑑賞時間を演出している。しんと静かで美しい外観と、美術工芸へのたぎるような情熱を感じさせるインテリア。現代陶芸の目利きとその振興に心血を注いだ智自身が、そんな女性だったのかもなと想像が膨らんでいく。
ℹ️
菊池寛実記念 智美術館
美術家である篠田桃紅とコレクター菊池智は長きにわたる交友を結んでいたそう。館に入ってすぐの廊下の突き当たりにある「女」の文字を描いた[ある女主人の肖像]は必見。ゲストを優雅に出迎え、見送るしなやかで凛とした女性の姿が立ち上がってくるよう。9月1日まで、戦後日本の陶芸を牽引した陶芸家たちの活動を振り返る『走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代』展を開催中(前後期で開催。現在は後期)。
住所_東京都港区虎ノ門4-1-35
Tel_03-5733-5131
開館時間_11:00〜18:00(最終入館17:30)
休館日_月(祝日の場合は営業・翌火休)
観覧料は企画展によって異なる。
東京メトロ神谷町駅より徒歩6分、六本木一丁目駅より徒歩8分。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto