銀座の街を象徴する場所のひとつ。数寄屋橋交差点で7年近く続いてきたビルの建て替え工事が完了。プロセスも含めて、建築の意義を考えさせてくれます。
“庭”から“公園”へ「銀座ソニーパーク」
東京ケンチク物語 vol.65
銀座ソニーパーク
Ginza Sony Park
皇居側からの銀座の入り口ともいえる数寄屋橋交差点に数年前に出現していた“公園”を覚えている人も多いのではないだろうか。1966年に完成し、惜しまれながら2017年に閉館した芦原義信設計の「ソニービル」。翌年から2021年まで、その解体途中の場が「Ginza Sony Park」となって一般に開放され、さまざまなイベントが開かれたり、魅力的なショップが出現したりして話題を呼んだ。約3年間の来園者が854万人に及んだという期間限定の公園は2021年にクローズ。工事を経て新たに生まれた建築がようやくその全貌を現した。来年1月にグランドオープンを予定する、地上5階、地下4階建ての堂々たる一軒だ。
上部をステンレスのグリッド状のフレームが覆う、打ち放しコンクリートのどしんとした塊。ハイブランドやデパートなどきらびやかなビルの多い銀座の街並みの中で、無骨でプリミティブな外観がむしろ目を引く。大スケールの吹き抜け空間を、幅の広い階段がぐるりと上っていく1階は圧巻だ。往来の多い交差点との境に段差はなく、かつドアや壁もない……どころか、ベンチも作りつけられた広場になっていて、往来する人々を自然と引き込むつくり。交差点脇のパブリックスペースのようだ。ここから階段やスロープを通じて地下3階から5階の屋上フロアまでがつながる。各フロアごとに天井高や光の入り方の異なる空間では、ソニーはもとより、多様な企業や団体、クリエイターによる展示企画やイベントが行われていくという。街を歩く延長で、数寄屋橋交差点や地階の東京メトロのコンコースからシームレスに建物内へと入り、上下方向へと散歩する。出会いに満ちた、ここは確かに新しい“公園”だ。
企業の名前を冠しながら、商品やサービスを売ることだけではなく、周囲の街に対するありようを考え抜いた建物。その背後には、交差点角に“ソニースクエア”という名前の10坪のパブリックスペースを設けた「ソニービル」へのリスペクトがある。伝説的実業家にしてソニー創業者のひとりである盛田昭夫は、そこを「銀座の庭」と呼んだ。約60年を経て“庭”は“公園”へ。ここから新たな価値が生まれていくだろう。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto