ホンマタカシが靈樹を写した最新写真集
NYの担当編集が語る、新たなミューズをとらえた一冊『17』
ホンマタカシの最新写真集が発売された。ニューヨークの出版社ダッシュウッドブックスのデヴィッド・ストレテルさんと須々田美和さんが編集を担当。この『17』は、2023年に出版の打診をされた時点ですでにおおもとの構成ができていた、と須々田さんは話す。
「靈樹さんをモデルに撮り溜めている写真があるのでまとめたい、という話でした。どのように二人が知り合ったのかはわかりませんが、アートキュレイターの点子さん主宰のプロジェクト『Tenko Presents』でパフォーマンスや詩の創作などで活躍されている靈樹さんにホンマさんが興味を持ち、交流が始まったのではないかと思います」(須々田さん)
靈樹は、2006年鎌倉生まれ。アンドロジナスな雰囲気をまとったモデルで、東京を拠点にアーティストとしても活動する。表現手法は多岐にわたり、都市や女性を主題にしたペインティングを発表してもいる。
『17』というタイトルは、2023年当時の彼女の年齢である同時に、「青春」のイメージを運ぶ数字でもある。実際、ホンマが撮影したポートレートでは、一見淡々とした表情や仕草のなかに若さゆえに揺れ動く情感が滲んでいる。1998年発表の『東京郊外 Tokyo Suburbia』以来ホンマを追っているというデヴィッドさんは、この写真集を「写真家とミューズの協働」としてもとらえているという。
「私は毎年東京に行って本を買ったり、アーティストに会ったりしていますが、日本には写真家がミューズと一緒に本を作るという豊かな伝統がある。『17』は、私のお気に入りの一冊、女優の市川実日子を撮った『ポートレイト 市川実日子たのしい写真2』(平凡社、2012年)に匹敵するものですね。靈樹は現代アートとファッション界で台頭しつつある興味深い人物であることは明らかで、その意味で私たちの出版プログラムにもぴったりでした」(ディヴィッドさん)
2005年の『アムール 翠れん』も、東野翠れんにフォーカスした一冊だった。その時代の色を写し、輝く人を撮る。こうした系譜に、『17』も連なっているのだろう。開くと、そこには山本が岩場に立って振り向く姿や、ヘアメイク室のような場所で一人しゃがんでどこか一点を見つめるシーン。枚数こそ多くはないけれど、一枚一枚から透明で新鮮な空気が溢れてくるようだ。17歳の「今」と、東京という街の「今」がそこで重なっている。
「収録作品は何年も前に撮られたものもあると思いますが、特にコロナ禍を経てから、アイデンティティや、既存の社会構造の問い直しといったテーマが広く意識されているように感じます。そんな状況のなかでうら若い芸術家を追うというのが、ホンマさんらしい時代の先取り。新時代を象徴する人物として靈樹さんを選び、そして性別や人種の枠にとらわれないあり方を、彼女を通して表現しようとしたのではないでしょうか。市川実日子さんのことも足掛け20年かけ撮影していたそうですが、自分の嗅覚にかなったものは長期間にわたって撮るようにしているのかなと。私が雑誌などを見た範囲で感じたことですが、靈樹さんは、不自然にポーズを作らせたりしないホンマさんの撮り方に心地よさを感じていたのかもしれません。また、靈樹さんはホンマさんにタメ口で話したりもしているようで、ホンマさんとしても新鮮だったのかな、と。
グローバルに活躍する作家は往々にしてそうですが、ホンマさんも、自身のクリエイティブを見つめる批評家としての視点を常に備えている。そして“日本人”という存在をも客観視しながら、日本そして東京の写真家として世界に発信しようとされている印象です。今回ニューヨークの弊社を版元に選んでくれた点にも、そうした意図があったのかもしれません」(須々田さん)
ダッシュウッドブックスはニューヨークに同名の書店も構え、写真集やアートブックを取り揃える。須々田さんもマネージャーとして日々店頭に立ち、感度の高いニューヨーカーや旅行者と触れ合う。
「ホンマさんの作品には、彼を知らないお客さんも何か“東京っぽさ”を感じるようです。SNSで本を紹介するときもホンマさんへの“いいね”はとても多い。世界でも、“Sushi”などと同じように“Homma”が日本文化から連想される単語として定着してきているかもしれません(笑)。『東京郊外 Tokyo Suburbia』は、郊外やベッドタウンで生まれ育った世代が社会の担い手となり始めた90年代の姿を伝えた一冊でした。ホンマさんの作品が当時も今もセンセーショナルなのは、ここで確立された、意味の探求をせず対象から距離を取ってドライに切り取っていくスタイルゆえだと思います。
旧来の写真は、都市で撮影をするならそこでの生活や文化を写し、物語性や神話性を見出そうとするものでした。しかしホンマさんは、被写体から普遍的な本質を無理に導き出したりするのではなく、目の前にただ存在しているものの表象的な部分だけにあえて焦点を置いています。感傷的にならず、また哲学的に現実を捉えようともしない姿勢は、オンラインで日々速度を増しながら画像が量産されて現実世界を凌駕し、バーチャルとリアルの境界線が曖昧になる今日の状況に呼応するのではないでしょうか。時代の空気感を感じ取ることこそがアーティストの力であり、ホンマさんの才能に私も衝撃を受けました。因習にとらわれない写真の撮り方を徹底して貫くスタイルが、海外の幅広い層を魅了するのだと思います。
30年以上も第一線で活躍するには、フィジカル、メンタル両面でのタフさが求められるはず。作家としてだけでなく、自分自身のあり方を客観的に見ることができる批評家としての視座がホンマさんにあると、今回の制作を通じで改めて感じることができました」
東京という場所が生んだ世代違いの二つの才能が出会い、繰り広げたセッションの記録。『17』は、日本ではtwelvebooksより発売中だ。靈樹の個展も、巣鴨のギャラリー「4649」にて8月11日(日)まで開かれている。
ℹ️
【『17 by Takashi Homma』】
【山本靈樹個展『Sober Age』】
会期_開催中〜2024年8月11日(日)
会場_4649
住所_東京都豊島区巣鴨2-13-4 B02
営業時間_13:00〜18:00(日曜〜17:00)
*月火水休廊
Text_Motoko KUROKI