毎日、たくさんの本と出会う書店員と読書カフェの店主がよりすぐりの1冊をセレクト。
『本を贈る』『ぼくは本当にいるのさ』街の本屋のこの一冊 Vol.7

岩渕宏美
『投壜通信』
山本貴光/本の雑誌社/¥2,300
「大きくなったら、好きな本を好きなだけ読みたい」。子どもの頃に描いた夢のような生活を送っている(ように見える)人がいる。肩書きには「文筆家、ゲームプランナー」とあるけれど、ここでは便宜上著者の職業を「読む読むの人」としたい。とにかくたくさん読むのである。
ある月に著者が入手した本を記録した「バベルの図書館便り」のページを読むまでもなく(とはいえ驚異的な冊数)これまでさまざまな媒体に寄せられたテーマ別のブックガイドや原稿を読むだけでも、挙げられた本たちの後ろに控える膨大な量の書物が見えるよう。光沢の美しい黒いカバーを外すと、ギリシア人青年との偶然の出会いを記したブログの文章が現れる。検索すればその都度必要な情報が得られる時代、書を読んで知を蓄える理由が具現化されたような会話に胸がときめく。贅沢なボーナストラックだ。
そろそろあなたの岸辺にも著者の投じた壜が届き始めるころだろう。「どの壜からでも」。バベルの図書館へと誘う甘い声が聞こえる。迷う準備ができた方からどうぞ。
≫いわぶち・ひろみ=渋谷のジュンク堂で文芸書を担当。
阿久津 隆
『本を贈る』
笠井瑠美子ほか/三輪舎/¥1,800
職業上、そういう機会がほぼないので、打ち合わせというものに対しての妙な憧れがいまだにある。「なにかクリエイティブなこと起こしてそう〜」というようなもので、そう感じているとき、どんな仕事も具体的な行為の積み重ねであることをきっと忘れている。本なんかも、クリエイティブな打ち合わせを3回くらいおこなったら突如として現れる、くらいに思ったりしているかもしれない。もちろん、そんなことはない。この本は、編集、装丁、校正、印刷、製本、取次、営業、書店員、本屋、著者–−本がつくられ、読者に届くまでの各工程のプロたちによるエッセイ集。取次とか、人間がいるということを想像したことすらない仕事もあった。日々の業務を知ることで、語られる思いにも一段と胸が熱くなる。
この本のクライマックスは奥付だと思う。演者総出のカーテンコール。鳴りやまぬ拍手と喝采。1冊の本の後ろ側にはいくつもの仕事があり、だから、いくつもの人生がある。そのことを、こんなふうに教えてくれる本とは初めて出会った。
≫あくつ・たかし=東京初台にある本の読める店「fuzkue」店主。『読書の日記』発売中。
花田菜々子
『ぼくは本当にいるのさ』
少年アヤ/河出書房新社/¥1,450
死にたい、よりは、消えてしまいたいような気持ち。この本は、そんな自己否定と不甲斐なさの中で生きる主人公が、感じることを捨て、透明人間になりたいと願い、大事にしていたセーラームーングッズを処分することから始まる私小説だ。主人公はたしかにいつも情けなく弱々しいのだが、それを補って余りある力でピュアな魂の美しさがページからあふれ出し、心を撃ち抜かれる。
男の子らしい遊びを好きになれなかった、という子ども時代の苦しみに思い当たった彼は、セーラームーンだけでなくポケモンやパワーパフガールズの思い出をたどり直し、記憶を「今」とつなぐ旅に出る。ノスタルジーではなく生き直すための必死な姿が読む者を圧倒する。
少年アヤをファンの多くは「アヤちゃん」と呼ぶ。そこには弱くてけなげな弟をみんなで愛して守っていくような響きもあり、同時に、彼の生き方を肯定したいという敬意にも感じる。勝ち組なんていうダサい言葉に飽きた人たちに、ぜひこの本を勧めたい。
≫はなだ・ななこ=日比谷コテージ店長。実体験を綴った自著『であすす』(略)が発売中。
Illustration: Naoki Shoji Edit: Satoko Shibahara