クローゼットには未知の物語が眠るのか。アートプロジェクト「パブローブ」が示す、その意義について。キュレーターとして携わる林央子さんに聞いた。
“パブローブ”から覗く服の未来
![市民から寄せられた服を“共有”するアート。ナイロビで見たマーケットの様子から着想したという。作品_西尾美也[パブローブ]2013年、山口市商店街 Photo_Ryohei Tomita](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fapi.ginzamag.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2025%2F05%2F2506-column-3-1416x944.jpg&w=3840&q=75)
〝パブリック〟と〝ワードローブ〟をかけ合わせた「パブローブ」は、アーティスト西尾美也によるアートプロジェクトだ。市民から集めた服で「服の図書館」を作る、いわば“公共のクローゼット”のような試みで、日本各地でフォーマットを自由に変えながら展開されてきた。
「その最新版が、今年1月にアトレ新浦安で展示された『パブローブ in 浦安』です」と林さん。2022年より浦安市と東京藝術大学が取り組む市民参加型のプロジェクト「浦安藝大」の一環で、林さんはキュレーターとして参画。西尾さんと共に市の抱える社会課題にアートを通じて向き合っている。
「ご一緒するのは『拡張するファッション』展(14)以来、約10年ぶりです。当時、西尾さんは4人組のコレクティブとして地域住民と服をつなぐプロジェクトを実践、一連のプロセスをアートとして提示していました」
浦安での「パブローブ」同様、エピソードと共に集められた服の数々。
「例えば私がドネートしたのは、育児中のフラストレーションからバカンス気分を味わいたくて選んだ花柄のスカート。結局着る機会もなく、残念な気持ちが体現された1枚でした」
そうした思い出が、写植で服にプリントされ、ずらりと展示される。服を見るのか、文章を読むのか、その両方が入り混じった体験を観客はする。
「その試みに、とても刺激を受けました。もともと面白さは誰のなかにもあって、それを引き出して目に見えるものにするのがアーティストの役割だと思うんです。それを〝服〟というメディアで行うのが、西尾さんの方法論」
それは林さんが、編集を通して長年探求し続けてきたことでもある。
「文学なら、ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』が同じ構造です。作家自身が書くのではなく、全米からエピソードを募って人々の物語を呼び起こす。ファッションはさらに、そこに触れられる〝服〟が介在するから面白い。浦安でも、凝ったテキスタイルがあって手に取ってみると、それは中国の少数民族の衣服でした。お母さまがチベットやネパールを旅して集めたものだったそうです」
ほかにも服道楽だった亡きご主人の紳士服やマラソン大会に出たときのTシャツ……。人生のひと幕が浮かぶ。
「やっぱり、個人の人生ってとても貴重だと思うんです。誰しもが何かしらのストーリーを持っていて、それが深く心を打つこともある。私自身、花柄のスカートのことは友人にすら話したことがなかったけれど、そんなふうに誰のワードローブにも、普段は表に出ることのない小さな秘密が人知れず眠っているんですよね」
モードの最前線にいたころには、そうした発想はなかったと言う。
「雑誌の世界で仕事を学び、パリでコレクション取材をしていた時代は、情報の出発点は当然〝都市〟だと考えていました。だからこそ、西尾さんのように、一人一人のなかに創造性が宿るというファッションのとらえ方は、私にとって根本的な転換だったんです」
1990年代にパリで出会ったスーザン・チャンチオロや〈BLESS〉も、その考えを信じていたと林さん。
「人は皆クリエイティブで、自分たち同様に誰もが日々コラボレーションをしながら生きている。彼らはそう語るんです。当時の私の常識とは真逆。すぐには腑に落ちなかったけれど、とても惹きつけられて。もしかしたら、スーザンたちの言葉は本質を突いているのではないか。これこそ次世代に伝えていくべきではないかと感じました」
その思いは全16号を数える『here and there』へと結実し、現在取り組んでいる研究にもつながっている。
「私自身、編集や研究を通して一度立ち止まって考えたかったんです。いま、多くの人が自分の生き方や、社会との関係、そしてこの先を見つめ直したいと感じている。ファッションは身近にあるからこそ、内省の入り口になる。誰もが毎日『何を着よう』と選び、決断しますよね。発表の場がないだけで、実はみんながワードローブに対して多くの〝言語〟を持っているんです」
それをポジティブに可視化するのが、西尾さんのような人々の表現行為だ。
「ファッションは大量消費のサイクルだという見方もありますが、もっと広くとらえれば、社会を楽しくし、環境を豊かにし、日常のあちこちに面白さをもたらしてくれる。展覧会などでその可能性が形となるのを目の当たりにして、私も何度も心を動かされました」
だからこそ、一般の人がもっと〝何かをつくる〟ことに参加できる環境を作っていきたいと話す。
「こうした〝遊び〟に、まだ気づいていない人も多いかもしれません。でも、そこには本当に大切なことが詰まっています。『パブローブ』をはじめとするプロジェクトを通して、その価値が新しい世代にも届き始めている、そんな実感があります。少しずつ、いろんな場所に、種は蒔かれているのだろうと」
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林 央子 研究者、著述家
はやし・なかこ>> 資生堂『花椿』編集室を経て、2002年に個人雑誌『here and there』創刊。11年に『拡張するファッション』を上梓。23年秋より、日本を拠点にロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの博士課程で研究を行っている。
Text&Edit_Aiko Ishii