作家・朝吹真理子が服作りのインスピレーションの源を聞きに、 デザイナーを訪ねてゆく新連載。第1回は堀内太郎さんとギャラリー「Gallery 38」にてご対面。太郎さんを触発する写真家、ロナルド・ストゥープスのことから話は果てしなく広がって……。
朝吹真理子のデザイナー訪問記:デザイナー・堀内太郎さんを揺さぶるインスパイアの源
堀内 太郎
ほりうち・たろう>> 1982年新潟県生まれ。中学卒業後に渡英、ロンドン・キングストン大学で写真やファッションを学んだ後、アントワープ王立芸術アカデミーへ入学。首席で卒業した後、帰国。2012年第30回毎日ファッション大賞新人賞受賞。2010年春夏コレクションから自身のブランド〈TARO HORIUCHI〉を立ち上げ、18年にはメンズブランド〈th〉をスタート。
Inspiration from
Ronald Stoops
ロナルド・ストゥープス>> 1980年代、アントワープのファッションデザイナーが世界的注目を集めるようになる中、そのコミュニティとのつながりを機に写真家としてのキャリアをスタート。ビッグクライアントの仕事もあるが、70歳を超えたいまもなお、自身の探究心の赴くままに写真を撮り続けている。パートナーはメイクアップアーティストのインゲ・グログナード。
アントワープという街が生んだひとりの写真家との出会いが僕に大きなインスパイアを与えてくれた。
堀内 この写真がロナルドのキャリアのスタートで、ウォルター (・ヴァン・ベイレンドンク)が作っていた雑誌の中で、マルタン・マルジェラのいとこをシューティングしたもの。彼らが貧乏で苦しんでいた時代でどれも映っているのは友達なんです。この子はミュージシャン、この子はデザイナー、みたいな。
朝吹 ロナルドとマルタンは同世代なんですね?
堀内 マルタンがブランドを立ち上げたときにフォトグラファーがいないからやってよ、と。友達同士のつながりでキャリアをスタートさせた。だから作品集を作ろうというときに、このタイトルにしたいと言われてああー、って。
朝吹 太郎さんはアントワープの前に、ロンドンで写真を勉強したんですよね?
堀内 ファッションと写真が好きで、ロンドンで写真を、主にポートレートを撮っていました。ポートレートって人の服や様相に関係があるから、やっぱり服が好きなんだなと。そのときにアントワープでファッションが盛り上がっていて、勉強したいと思って行ったんです。だけどアントワープにはコレクションも特にないし、繊維業も盛んじゃない。
朝吹 布がないからつくらなくちゃいけなかった。
堀内 マルタンが象徴的だと思うのですが、パリを中心にした、本流であるグラマラスで上流階級のためのモードに対して、アントワープのファッションは貧者の戦い方をいかにするかというところから始まっている。それがアートと密接な関係を生んでもいて。自分が興味を持ち、やりたかったのはそっち側なんだと。
いずれも2月にGallery 38で開催されたロナルドの写真展で展示された作品。こちらはラフ・シモンズ最初期のコレクション用に撮影された1枚。疾走する少年たちの姿が、その後のラフのイメージを決定づけた重要なビジュアル。
対談冒頭で堀内が説明している、マルタンのいとこをとらえた写真は今もロナルドのスタジオに飾られているのだとか。
マルタン・マルジェラの“匿名性”を表現する目元を隠すメイクは、ロナルドのパートナー、インゲのアイデアによるもの。
オリヴィエ・ティスケンスのデビュー前に彼の自宅で撮影した写真。
朝吹 ロナルドさんとはどういう風に出会ったのですか?
堀内 卒業コレクションを撮影してくれるフォトグラファーを探していて、当時すごく好きだったウィリー・ヴァンダーピエールに連絡したら、「やる」って。だけど、時季がたしか夏だったんですが、マイアミにいて撮れないと。どうしようと思ってたら師匠を紹介すると言われて、それがロナルドだったんです。
朝吹 代打で師匠を紹介(笑)。それはいつ頃のことですか?
堀内 2006年くらい。毎年6月にアントワープ王立芸術アカデミーのショーがあって、有名なデザイナーや、ジャーナリストが来て成績をつけるんです。そのときのこともロナルドは覚えていてくれて、結果、それを彼に撮ってもらった。
朝吹 インタビューで読んだのですが、ずっとウィメンズを作られていたのに、卒業コレクションであなたはメンズをやったらいいと言われて、それで首席卒業されたんですよね。
堀内 アントワープの有名なデザイナーを輩出してきたリンダ・ロッパに言われました。彼女は当時の校長先生で、その人が学校に入りたいとやってきたラフ・シモンズに「あなたは入学しなくていい。わたしの父親がテーラーをやってるからそこからデビューしなさい」と。それでラフ・シモンズというブランドが誕生した。僕はラフや、マルタンに憧れてこの学校に入ったし、そのエピソードを知っていたから、メンズなんて作ったこともないけど、言うこと聞く!って(笑)。
朝吹 ロナルドさんと写真を撮るとき、こう撮ってほしいとか、ビジョンを話したりしました?
堀内 いえ、ないです。thのコレクションの撮影でも、毎回最初に服を見せるだけ。あくまでthは素材として存在していてほしい。やりたいことは彼の中にあって、僕の方にはないという、そこが面白い。だから卒業コレクションのときも全然リクエストはなくて。もの作りにおけるケミカルリアクション的なことが好きですね。
朝吹 今回の展覧会も、太郎さんが最初に声をかけたのですか?
堀内 そうです。東京に来たことがないというので、それならthの撮影をしに来なよ、どうせなら展覧会でもやる?そういうゆるい感じで。巨匠感も出さないし、上下関係みたいなものもない。
朝吹 フラットな関係でいいですね。展示にあたって、ロナルドさんからの要望は?
堀内 キュレーションの内容は僕から大枠を彼に渡して、じゃあこれとこれを、というようなやりかたで。彼も撮ったものを丸投げですね。
朝吹 太郎さんと似てるんですね。撮ってるとき、プリントしたりしているときに楽しみが完結するという。
堀内 すごく自由に撮ってもらいました。70歳なのにパンキッシュで探究心が強くて、その姿から感銘を受けます。どういう人となにをつくるか、これを使ってなにをしようか。そういうアントワープ精神みたいなものを、自分も持ち続けたい。
ルールがあることを楽しむ男性の服と、自由度の高さに美しさが宿る女性の服と。両方が全然違っていて、そのコントラストが面白い。
朝吹 thを始められたときのインタビューで、メンズをつくるのにウィメンズは参考になりましたか、という質問に、参考にはまったくならず、ウィメンズというのは細部ではなく全体のなかでつくられているものだからと仰ってましたね。メンズをつくることによってウィメンズがわかるというのは、すごく面白い。
堀内 男性の服はシンプルでルールも決まっている。女性の方が自由な服が多くて、インスピレーションですよね。たとえば布切れ1枚まとったとしてもレディスの服としては成り立つけど、男性服としてはルールから外れてしまう。だからそこに女性服の楽しみがあり、逆に男性服は制約が面白さになる。
朝吹 将棋の羽生さんが、自分は将棋の規則性に惹かれていると以前仰っていました。人間が作った規則だけど、人間の手を離れてある種の完璧さを持っている。紳士服が生み出してきた、長い西洋の歴史でこれが美しいのだという規則が礼法のようなものと一緒にあったのでしょうが、それがやっぱり面白いんですよね、作る側からしても。
堀内 ストイックであることのかっこよさ、ちょっとだけ違うところに男は惹かれる。僕はそれが好きだし、好きな服を永遠に着続ける人なので。
朝吹 食べ物とかもですか?
堀内 はい、だって僕はこの辺では4つくらいのレストランを繰り返し、そこで同じものを食べるんです。
朝吹 同じ場所に泊まりたい?
堀内 そうですね。ルール化するのが好きなのかもしれない。ルーティンを崩すのが嫌いですね。
朝吹 ルーティンにすることによって、ノイズが少なくなって自分の脳が安心して全然違うところに飛んでいける感じはありますよね。
メンズライン、thの最新コレクションのスリーブレスコート。細身でジェンダーレスなデザインは女性にも人気なのだとか。
展覧会に合わせて、ロナルド・ストゥープス名義では初となる写真集『work ronald friends ronald stoops 1980s-2018』(¥4,800/printings.jp)も刊行。アントワープファッションと並走してきた彼のキャリアが詰まった1冊。
thの「02」コレクションのカタログ用に撮り下ろされた写真。
見えないものの感覚を、時代も関係性もごちゃまぜにしたい
朝吹 太郎さんの以前の、宇宙っぽいコレクションが好きなのですが、小さい頃から宇宙に興味がありましたか?
堀内 フューチャリスティックなものが好きなんです。なぜかわからないのですが、卒業コレクションもその前も、学生時代を通してそういうテーマばかり。
朝吹 太郎さんが言うところの、宇宙、未来みたいなものは、どういうところがルーツですか?
堀内 アントワープの卒業コレクションが、古代美術とフューチャリスティックな感覚を混ぜ合わせるというコレクションでした。でも、古代は見直してみると未来的だったりする。未来も見えないけど古代も見えない。僕らにとっては現代しか見えなくて、同じものだと思って。見えないものの感覚を、時代も関係性もごちゃまぜにしたものをつくりたいと思ったんです。SFみたいなものが好きなんでしょうね。
朝吹 現代音楽家のヤニス・クセナキスという人がすごく好きなんです。その人が書いた『音楽と建築』という本のなかに、「未来は過去にあり、過去は未来にある。現在というはかない時間を投げすてよ。存在はあらゆるところに同時にある。ここはまた二○億光年かなたでもあるのだ…」と言っていて。その感覚がすごく腑に落ちるというか、全部が溶解して溶けていくような時間感覚、ときどきふとありますよね。
堀内 人生も一緒ですよね。
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朝吹真理子
1984年東京都生まれ。2009年に小説『流跡』でデビュー。11年には『きことわ』で芥川賞受賞。最新作は、恋愛感情のないまま結婚した男女を主人公に、幾層もの時間を描いた『TIMELESS』。
Photo: Kenshu Shintsubo Text: Kayori Morita Cooperation: Gallery 38