〈アーツ&サイエンス青山〉でバングルを目にして以来、〈ホアキン・ベラオ〉のファンになった朝吹さん。ブランドの軌跡をたどる写真展開催のために来日していたホアキンさんとの対談が実現しました。
社会的地位でなく趣味の良さを表現するジュエリーを。〈JOAQUIN BERAO〉ホアキン・ベラオ氏の視点:朝吹真理子のデザイナー訪問記
ホアキン・ベラオ
〈JOAQUIN BERAO〉デザイナー
ホアキン・ベラオ>> 1982年の創業以来、スペインのマドリードを拠点に、自身の名前を冠にしたジュエリーブランドを展開。彫刻作品や建築を想起させる圧倒的な造形美、身につける人を引き立てるシンプルでエレガントなデザインが魅力。1989年、ミラノに直営店をオープン。1990年から日本での展開をスタート。2014年から4年のブランクを経て、2018年春に再上陸。
Inspiration from
観察する目
日常や目の前に広がる世界を注意深く観察する心と目。「どんな些細なことにも興味を持って見ると、そのあたりの葉っぱも木も完璧なデザインとして存在していることがわかる」(ベラオ)。いかに見るか、が大切でもちろん訓練が必要。まるでとり憑かれたように見入ってしまったものを作品に昇華させる。
自分の視野に入るものが どんどん蓄積されて、
結果として インスピレーションになる。
朝吹 私は普段は小説を書いていますが、ファッションが好きなこともあってこの連載をさせていただいています。デザイナーがどういう景色をかかえながら生きていて、どんな生活のなかでものを作っているのかをのぞきたくていろんな人にお会いしています。インスピレーションの源というと自分が聞かれてもわからないことが多いので、人生で忘れられない大切な風景や子どもの頃のお話をしながら、作品のこともおうかがいできたらいいなと思っています。
ベラオ 私はとても観察眼に長けていて、いつもいろんなことに興味を持ち、世界を見ている人間です。視野に入るものがどんどん自分の中に蓄積されて、気づかないうちに、結果としてインスピレーションのモチーフになっている感じですね。
朝吹 観察者としての視点は子どもの頃から持っていたのですか?
ベラオ 子どもの頃からずっとそうです。自分では気づいておらず、大体は他者からの指摘なのですが、なにかにはっとしたが最後、とり憑かれたように見入ってしまうことがありました。そうすると心が満たされて、外の世界とはシャットダウンされたようになる。なにかを見ようとすると必ずそういうことが起きますね。
朝吹 覚えている情景はありますか?
ベラオ 最初にとり憑かれたのは、海。スペインのマドリードに生まれたので、当然、海がありません。確か12歳の時、初めて海というものを目にして、見入ってしまいました。
朝吹 それまでは海を絵本や小説で観念の上では見ていても、実際に見ると全然違う。発見したんですね。季節はいつだったのですか?
ベラオ 夏ですね。確かに映画なんかで海を見ていたことはありましたけど、実際に見てみるとその大きさやエネルギーを実感し、裸で入るとなると、その時の感覚というのはもう、特別でした。
朝吹 波は一度として同じものがないですしね。
ベラオ そうなんです。そして、どこまでも広がる水平線を見ていると自分の存在の小ささを実感します。もっと学び、進化させていかなきゃいけないんだという気にさせてくれるんです。 朝吹 私の話で恐縮ですが、小さい頃は鉱物にとり憑かれていました。石を買っては舐めて食べていたんですが、その時にやっぱり地球の歴史の長さを実感して、自分は、地球の長い歴史からすると、本当に瞬間の生き物にすぎないんだということを舐めるたびに感じていました。海も石もとても大きくて長いもので、私たちが滅びた後もずっと続くものだから、とても共感します。 ベラオ うん、まさに同じ考え、哲学だと思いますね。
朝吹 イビサにしばらく住まわれていたのは、海に惹かれたことも大きいのですか?
ベラオ 海とヒッピーカルチャーがあったからです。そして60年代は、スペインはフランシスコ・フランコによる独裁政権がありましたが、イビサ島というのはそれとは少し距離を置いた形で自由とカウンターカルチャーがありました。さまざまな国から、人とは違った人生観を持ったユニークな人たちが集まっていた。私もなにか既存のものを打ち破るんだという気持ちにさせてくれた場所です。
ボリュームのある有機的なデザインがホアキン・ベラオならでは。創作時以外はジュエリーをつけないというホアキンさんの小指にリングをはめてもらった。
朝吹 ホアキンさんはどんな子どもでしたか?
ベラオ まあ、わりと普通の子どもだったと思いますよ(笑)。遊ぶのが好きで、友達もいましたし。音楽は特に夢中になったもののひとつです。夜はラジオでアメリカやイギリスの最新音楽を聴いていました。ビートルズやローリング・ストーンズ、ポップ・ミュージックです。
朝吹 バンドを組んだり?
ベラオ それはもう、本当はやりたかったんです。ドラム担当でね。でも家族がそんなクレイジーなことはダメだと言い張って、結局、ジュエリーの世界に入ったんですよね(笑)。
朝吹 ホアキンさんはご自身ではジュエリーはあんまりつけないんですね。
ベラオ いつも手を動かしているからつけるとちょっと邪魔なんです(笑)。作る過程では何度も繰り返しつけてみますが、出来上がったら他の人に身につけていただくのがいいかな。
朝吹 自分の手からは離れて、自分はまた新しいものを作るということですね。今のファッションサイクルはホアキンさんがジュエリーを作りはじめた頃よりさらに早くなっていると思うのですが、ホアキンさんはどう思っていますか?
ベラオ そもそもファッションとは非常に儚く過ぎていってしまうもの。その昔、ジャン・コクトーが「ファッションは生まれて若くして死んでいってしまうものだから、許してあげなきゃいけない」というようなことを言っていました。今なんてもう流行が生まれたそばからなくなる。私はそういうものからは一線を画して、時の流れとともにさらに生き続けていくものを作り続けていかなければいけない。いわゆるトレンド、流行というものに対して、異なる形で関わっていきたい。
ショップ&ショールームに飾られた若き日のホアキンさんの写真や、ジュエリーを見ながら対談が弾む。
社会的地位ではなくて、 趣味の良さを表現できる ジュエリーでありたい。
朝吹 ジュエリーは人の命よりもいくらも長いですからね。
ベラオ シンプルで、時代を超えて生き続けるものが私の作品の哲学です。たとえばずいぶん前に作ったものを見て「これは最近のデザインですよね」と言われることがよくあって、まさにそこを大切にしています。古くならない。いつも今デザインされたかのような新しさを保っているという証拠ですからね。
朝吹 本当にそうですね。
ベラオ それにジュエリーを社会的な地位の表現とみなす人が多いですが、私はそういう意味合いには興味がない。私のジュエリーは、つける人の趣味の良さを表現していくためのものでありたいです。
朝吹 カウンターカルチャーを愛するホアキンさんらしさが伝わります。価格設定からも、その意志を感じます。
ベラオ なんてことのない素材だけれどエレガントで素敵なジュエリーだと言われる方が大切です。そういう考えを多分、もっとも理解していただけるのが日本の皆さんだと思っています。どういうものを美しいと感じるかという価値観が非常に近いんじゃないかと。だから自分にとってとても近しい存在なんです。
日本の皆さんは私の最大の理解者。
美しさに対する価値観が とても似ている、近しい存在。
朝吹 青山にある〈アーツ&サイエンス〉のショップでホアキンさんの〈TOKYO〉シリーズの美しいバングルにひとめぼれしました。冷えて固まってひとつの作品になっているのに、どこかで金属がまだ熱かった時の素材を感じられるところにも惹かれて。だから今日はお会いできてとてもうれしいです。
ベラオ このシリーズはすべて手でフォルムを作っていることが感じられるデザイン。つけた時に温かみがあるか、その感触が心地よいかを自分自身で確かめながら制作しています。
壁に飾られたモノクロ写真は、60年代後半、イビサに住んでいた頃のポートレート。「彫刻的なものを作りたいと考えていた時期。既成概念を覆す作品を作りたいと、エネルギーに満ちあふれていました」(ベラオ)。ジュエリーやフラワーベースとともに展示。
朝吹 〈TOKYO〉シリーズは綺麗な有機的なラインとか、葉っぱを連想するようなところもあるし、東京は緑がたくさんあるとホアキンさんがおっしゃっていたと聞いて、はっとしました。
ベラオ 島国というものが大好きなのですが、その中でも東京は格別。日本に来るとセンスのいいもの、緑をはじめ美しいものを目にする機会が多く、とても心地よい気持ちになります。1990年に初来日して以来、もう30回は優に超えるほど来ています。日本は私にとって、まさにインスピレーションの源ですね。
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朝吹真理子
1984年東京都生まれ。2011年に『きことわ』で芥川賞受賞。恋愛感情のないまま結婚した男女を主人公に、幾層もの時間を描いた小説『TIMELESS』、初のエッセイ集『抽斗のなかの海』が発売中。
Photo: Kenshu Shintsubo Text: Kaori Watanabe (FW)