作家・朝吹真理子が服作りのインスピレーションの源を聞きに、 デザイナーを訪ねていく連載。 第2回は落合宏理さんと、神宮前にある〈ファセッタズム〉の ショップの2階にあるプレスルームにておしゃべり。 当初、落合さんに抱いていたイメージとはどうやら違ったようで…。
〈ファセッタズム〉落合宏理さんが影響を受けたユースカルチャー:朝吹真理子のデザイナー訪問記

落合宏理
〈ファセッタズム〉デザイナー
おちあい・ひろみち>> 1977年東京生まれ。1999年に文化服装学院を卒業後、テキスタイル会社に8年間勤務。2007年〈ファセッタズム〉を始動。2013年、第31回毎日ファッション大賞の新人賞を受賞。2016年にはリオ五輪閉会式「フラッグハンドオーバーセレモニー」の衣装製作を担当。現在は年2回、パリのメンズコレクション期間中にショー形式にてコレクションを発表している。
Inspiration from
ユースカルチャー
直訳すれば、若者文化。男女問わず、青少年・少女層に支持されている文化的形態や活動を指す。77年生まれ、90年代が青春時代の落合さんにとっては、ガス・ヴァン・サント、スパイク・ジョーンズ、マイク・ミルズ、マシュー・バーニーなどが「ドンズバ」の世代。ファッションでは「アントワープ6人衆」、マルタン・マルジェラに大きな影響を受けたとか。
ガス・ヴァン・サントの 『エレファント』は初パリコレの テーマにも選んだ、大切なもの。
落合 僕はメジャーだけどアンダーグラウンド感のあるものだったり、ポップだけどクリエイティブなもの、王道だからこそ光るアウトサイダーみたいなものがすごく、好きなのかなと思っていて。たとえば『グーニーズ』とか、『ターミネーター2』とか、やっぱり好きですね。特にガス・ヴァン・サントの『エレファント』はすごくユース感があったり、退廃的だったりするところも含めて美しくて。
朝吹 映画館に通い詰める少年時代でしたか。
落合 映画は結構好きで、それなりに観てきましたけど、オタクではないです。
朝吹 過去のコレクションを見ていましたが、ガス・ヴァン・サントの『マイ・プライベート・アイダホ』の色に触発されたルックがあったり、2017年のスプリングサマーコレクションも『エレファント』でしたね。
落合 そうです、初パリコレのとき。パリでやるなら、やっぱり一発目は『エレファント』でいきたいなぁと思って。
朝吹 学校の廊下のシーンを思い出しました。目を合わせることはないんだけどすれ違い続ける。服の存在する空間がとても素敵なランウェイでした。
落合 Tシャツの背中に羽がついていたりだとか。なんかその、繊細、なんだろうな、繊細…。うん、自分の中の繊細ってものがユース(カルチャー)。自分はもうユースには戻れないので、戻れないけど、残像と理想っていうのがコレクションになってるかな。
朝吹 まぬけな聞き方ですが、心のユース感もですか。
落合 難しいんですけれど。3年前に息子が生まれて以来、こういうクリエーションの源みたいな話を久しぶりにするんですけど、だんだんと不安になってきて(笑)。これって、ユース感って言えるかな?と思いながらあらためてルーツを集めたら結構ぐじゃぐじゃしてて、やっぱり俺、変わってなかったと思えたんです。
朝吹 アトリエから今日はぬいぐるみを持ってきてくださって。『キャプテンEO』は私も何度も観ました。作品は繰り返し観られますか?
落合 結構観ますね。ガス・ヴァン・サント、あとはスパイク・ジョーンズが撮ったビョークのPVとか、何度も観返すものがあって、その中で、1番ポップなものが『キャプテンEO』。あとはディズニーの映画で『オズ』。
朝吹 初めて見たのはいつ頃ですか?
落合 小学校のときかな。映像が怖くて衝撃的だったんだよなぁ。
朝吹 何度観ても、最初に観たときの印象が鮮明なんですね。
落合 そうかもしれないですね。決してオタクではないんですけどね。
朝吹 オタクを拒否しますね(笑)。
落合 オタクになりたかったけどなれなかった自分にコンプレックスがあるから嫌なんです(笑)。それで、オタクよりオシャレになりたいなって(笑)。
朝吹 オタクへの敬意が強いと自称するのはかえって気がひけるという場合もあると思います。
マイク・ミルズが撮ったボブ・フラナガンの写真のページをもとに、友達がコラージュしたものを額縁に入れて。
ユースカルチャーにどっぷり浸かっていた世代だから、 映画で観た空の色や光、悲しさの先にある背景、 そういう美しさや瞬間というものを大切にしたい。
落合 中学生の時に観た『ターミネーター2』のエドワード・ファーロングの格好がすごく好きで。パブリック・エネミーのTシャツに、〈ジャンスポーツ〉のリュック。当時、同じリュックを買いに行きましたもん(笑)。でも、ある程度知識が増えてから『グーニーズ』を観たら、ネペンテス柄のアロハシャツだ!とかスーパーマンのTシャツがかっこいいとか。そんなふうにユース感を振り返りながら、20代、30代を過ごしてきた…って、あれ? このインタビューはファセッタズムにとってプラスになるのか(笑)?
朝吹 そう思っていただけるといいな…(笑)。好きなものがごったまぜに並列しているのがいいですね。
落合 そうです、その通りです。もうちょっとハードコアなアートも好きです。マイク・ミルズが撮った、ボブ・フラナガンというスーパーマゾヒストの写真集とか。彼は肺に水がたまる病気で、息をするだけで苦しくて、苦しさのあまりにマゾになって楽になろうとした人。奥さんがスーパー女王様で(笑)。すごくポジティブな話だと思って。
朝吹 逆ポジティブ。
落合 20代の頃ですね。当時、彼について解説をしていた柳下毅一郎さんにメールを送ったり、アップリンクでやっていた、根本敬さんの映像夜間中学っていうのに通ったりもしたなぁ。
朝吹 落合さんのインタビューを拝読していると、勝手に、さびしさが胸の中で鳴っているような方なのかと思っていました。
落合 すごく誤解されがちなんですけど、基本的にはポジティブだし、楽しくしたいなと思ってるんですよ。儚さや悲しさの中にさえきっとあるはずの楽しさを見つけようと努力はするかなぁ。たとえば10代の頃から〈ラルフローレン〉のビッグポロが好きなんですよ。当時ポロシャツというと、インしてダサいってイメージがあって。そこからビッグポロっていう大きいサイズを出して、裾にポロのマークを入れたら人がインしないで着る。スタイルが変わって、価値が変わるってすごく好きで。ファセッタズムのクリエーションのルーツのひとつ。
2019年春夏コレクションより。卒業パーティのプロムが終わった後のムードをテーマにしたとか。「パーティの後、冷めた目で見るモールって確かにこんな感じ…」(朝吹さん)。ジャケット*参考商品(ファセッタズム)
「東京っぽいね」は褒め言葉だと捉えている。 自由な場所だから、新しい価値を生むのが得意なのかもしれない。
朝吹 インタビューで「ファセッタズムはモードっていうよりもストリートのほうじゃないか」という趣旨のことをお話しされていたのを覚えています。
落合 宗教観やカルチャーも含めて、日本ってすごい自由な国だと思っていて。なんでもありだからこそ、新しい価値が生まれる。パリでコレクションを発表し始めて世界と戦っているわけですけど、それこそポジティブに、これは武器だなと思っています。鋲付きのGジャン着てても、瓶投げられないし(笑)。東京の人を悲しませることはしたくないけど、いろんなカルチャーをミックスできるところに可能性を感じる。この感覚ってモードじゃないなと思って、まだうまく言語化できない部分もあるけれど、ストリートだって言いました。
朝吹 どんな言葉なのか、私も知りたいです。
落合 うーん、とにかく自由。自由で忘れやすいのかなぁ。それとも実はパンクなんですかね?そういうのを東京っぽさというのかもしれない。もちろんファセッタズムにはルーツやコンセプトがあるけれど、毎回、全然違うことをやりたいと思ってます。大切にすべきことが何なのか悩む時もあるんですけど。アーティストではなくて、ファッションデザイナーとして社会の中にいる。ビジネス面も含めて会社を大きくしていかなきゃいけない。だけどその中で、どこまで自由に、ぎりぎりのラインで強いもの、これまでと違うものを打ち出せるかっていうところですね。
朝吹 ファセッタズムというブランド名を思うと、変わり続けることはしっくりします。
落合 そうなんですよね!本当にそう。
朝吹 多面体、ですもんね。光が乱反射して、面がいくつもあって、どれがほんとうなのか。でもどの面(コレクション)もその瞬間のリアルですもんね。
落合 素敵な、本当に。その通りなんです。オリジナリティはある上で、新しい感覚に常にチャレンジするブランドでいたいなっていうのはすごくあるし、ファセッタズムっていうのはそこで1番にならなきゃなぁと思ってます。
🗣️
朝吹真理子
1984年東京都生まれ。2009年に小説『流跡』でデビュー。11年には『きことわ』で芥川賞受賞。最新作は、恋愛感情のないまま結婚した男女を主人公に、幾層もの時間を描いた『TIMELESS』。
Photo: Kenshu Shintsubo Text: Kaori Watanabe (FW)