連載5回目は、〈ブルックス ブラザーズ〉のウィメンズ クリエイティブ・ディレクターのザック・ポーゼンとの対談。話は「秘密の花園」と呼ぶ、母親と一緒にじっくりと丹精に作り上げた庭の写真を見せてもらうところから始まりました。
〈ブルックス ブラザーズ〉秘密の花園はクリエイターが辿り着く境地:朝吹真理子のデザイナー訪問記

ザック・ポーゼン
〈ブルックス ブラザーズ〉
ウィメンズクリエイティブ・ディレクター
ザック・ポーゼン>> 1980年アメリカ、ニューヨーク生まれ。ニューヨークのパーソンズ美術大学とロンドンのセントラル・セント・マーチンズを卒業後、2001年に自身のブランドを設立。多くの女優やセレブリティがレッドカーペットで着用するドレスを発注するブランドとして知られている。2016年春夏コレクションより、ブルックス ブラザーズのウィメンズ クリエイティブ・ディレクターを務める。
Inspiration from
プライベート・ガーデン
ザック・ポーゼンが所有する秘密の花園。たくさんの植物を母親と一緒に育て、管理している。1950年代から続く庭で、ザックの母親はフランク・ロイド・ライトや日本の庭園からも影響を受けているとか。多数のプロジェクトを同時進行で抱え、世界を飛び回るザックにとって心落ち着く場所。
コントロールの効かない自然は 世の中でもっとも偉大で 最高のクリエイター。
ザック インスピレーションはかなり広い範囲から探すタイプですが、源といわれたら、自然、あるいは人間の魂、スピリットみたいなものだと思います。たとえば母が丹精込めて作り上げた自宅の庭園は、私にはとても重要なもの。ほら、見てください。今日も母から庭に咲いた花の写真が携帯に届いたんです。これは私が植えた植物だから、本当は咲いたところを実際に庭で見たかった。母はそんな私の気持ちを知っていて、わざとたくさんの写真を送ってきたんですよ、きっと(笑)。
朝吹 とても素敵なお庭ですね。
ザック さっきいただいた朝吹さんの著書(『TIMELESS』)の表紙の花の写真も素晴らしいですね。
朝吹 プロの写真家ではなくてDain L. Taskerというレントゲン技師が趣味で撮っていた1920年代の花のX線写真なんです。
ザック 彼の作品はよく知っています。私のiPhoneにも同じ時代の花のX線写真が入ってますよ。もし興味があれば、レオポルド・ブラシュカとルドルフ・ブラシュカというガラス工芸家のガラスの花もぜひ見てほしい。ハーバード大学自然史博物館が世界最大のコレクションを持っていて、たくさんの植物模型が展示されています。とても素晴らしいから、アメリカに来られた際はぜひ!ちなみにアイルランドのダブリンにある自然史博物館は、彼らの水中の哺乳類の作品を所有しています。そちらもきっとお好きだと思いますよ。
朝吹 表紙の花に関心を持ってくださったり、自然史博物館がお好きだったり、菜園もされていて。自然は恵みをもたらすのと同時に、たった一回の雨で打ちのめされたり人間がすべてを関与しきれない脅威ですよね。
ザック もちろんです。自然には敵わないです、やっぱり。私は、自然とはこの世において、最高のクリエイターだと思っています。
朝吹 さっき見せていただいたザックさんのお庭は、もちろん人の手が入っているんだけれどものすごくすこやかでしたね。手入れされているからこその自然の美しさがありました。
ザック ロマンティックでしょう?庭にはオリジナルというものがないですよね。ある種、人間が少しずつ改良して、それぞれに作っていくもの。植物も、そして衣服もあるいは歴史も、人類愛もすべて同じだと思うんです。そう考えるとまだまだ学生の気分に戻ります。
朝吹 私の知り合いで文楽の太夫をされている竹本織太夫さんという方がいらっしゃるのですが、ブルックス ブラザーズのパジャマじゃないと寝られなくて、大阪と東京のホテルに必ず何着か置いてあるそうです。傘はフォックスとか他にもこだわりが強くあるすてきな方で。
ザック きっと品質の良さに気づいていただけたんですね。ブルックス ブラザーズがこれまで培ってきたクオリティは絶対に廃れることないと思っていますし、まだまだ知り尽くされていない気がします。
朝吹 多分、ブルックス ブラザーズというブランドは日本人にとってアメリカの憧れの対象であるのと同時に、戦後に「美化されたアメリカ」という独自の解釈で日本になじんでいるんだろうなと思っています。
テクノロジーが進むほどに 人間の感情や超自然的なことに 目を向けることになる。
ザック アメリカではステータスとか社会的地位の要素も非常に大きいです。歴代のアメリカ大統領は必ずブルックス ブラザーズのスーツを着用していますしね。それから学校や教育を想起させる、知的なプレッピースタイルのイメージも戦後の日本にポジティブに流れ込んできたんでしょうね。
編集部 ブルックス ブラザーズはクラシックで変わらないことがよしとされる世界。ここの仕事において、大切にしていることってどんなことでしょうか?
ザック 私はクリエイターとして、表に立つ人間として、未来をポジティブに捉えているということを示さなくてはいけない立場だと思っています。それでもブルックス ブラザーズに関しては、未来よりも過去に対してきちんと尊敬の念を払うことを大切にしているんです。たとえば長年ベストセラーの形状記憶シャツはすごく素晴らしいものだから変えないという風にね。
朝吹 ザックさん自身のコレクションを作るときは匠の技を使うことに重きを置いていて、それはニューヨークでは珍しいとおっしゃっていたのはどういう意味なんですか?
ザック 今、アメリカでの洋服のデザインといえば、コンピュータでドローイングをしてどこか他の国へそのデータを送り、そこで生産することが大半ですが、私はニューヨークにアトリエを持ち、ハンドドローイングし、手作業で作り上げるからです。私のコレクションは匠の技というものを重要視してコレクションを作り上げますが、これもまたニューヨークのファッションとしてはちょっと珍しいことだと思います。
朝吹 あえてニューヨークにアトリエを置こうと思ったのはどうしてですか?
ザック クオリティのためと、ここで培った経験があるため、ですね。後続の若いデザイナーが実際に訪れてくれたとき、やはり人間はきちんと自分の脳を使い、手を動かすべきだということをきちんと教えてあげられる。それは今の時代においてとても重要で、私にはそうすべき責任があると思っています。
対談中、表紙の写真について話が弾んだ著書に日本語でサインをする朝吹さん。「英訳されるのを楽しみに待っています。日本人の友人に読んでもらうのもいいかも……」とサイン入りの本を持ち、記念撮影。
朝吹 この連載ではパーソナルな部分についてもいろいろとお話をうかがっているんですが、ザックさんは小さな頃から繰り返し見る夢みたいなものはありますか?
ザック 怖い夢と美しい夢、共にあります。怖い夢は幽霊が寝室に入ってきて、触られるんです。
朝吹 全体が見えるんですか?音も?
ザック 怖がらせるつもりじゃなくて普通に通過していくんです。
朝吹 別にその幽霊と交流するわけではないんですね?
ザック そうですね。でもとにかく私は直感がすごく鋭くて、誰かのことをふと想うとその人から電話やメッセージがくる、なんていうことがあって。たとえば今日もユマ・サーマンは、次はいつ日本に来るんだろうねとスタッフと話してたら、すぐに彼女からテキストが来たり。びっくりさせて申し訳ないんですけれど(笑)、そういうことがよくあります。それから怖い夢ではないけれど、先祖がなにか伝えようとしている夢もよく見ますね。
朝吹 それはご自身の危機のときに見るんですか?
ザック 責任感を感じているときだったり、もう少し成長しなくてはいけないときかな。そして美しい夢は自分で「ライラックの卵巣」と名付けてるんですが、部屋の中でライラックの中に包まれて浮かんでいるというもの。小さな頃から天国ってどういうところだろうって考えることがあるんですが、それはまさにそのイメージにぴったりで。
朝吹 感覚はあるんですか?
ザック ちょっと冷たくて柔らかくてちょっとしっとりしている感じ。雫がついているような。
朝吹 美しいですね。ザックさんは不思議な偶然があったとき、ご先祖の夢にリアルを感じるのと同じくらい偶然に価値を置いているような気がします。
ザック まさにそうですね。我々は今新しいデジタルライフが誕生する時代を生きていますよね。でもどんなにテクノロジーやコンピュータが発達しても、唯一、なにかを想像することだけはできない。だからもう一度昔に戻って古代のスピリチュアルなことや超自然的なことに目を向けるようになるんじゃないかな。リアリティとか物理的なものについて問い直すような時代がまたやってくる気がします……、あれ、こういう話ってきっとギンザ向きではないかなぁ(笑)。
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朝吹真理子
1984年東京都生まれ。2011年に『きことわ』で芥川賞受賞。恋愛感情のないまま結婚した男女を主人公に、幾層もの時間を描いた小説『TIMELESS』、初のエッセイ集『抽斗のなかの海』が発売中。