18世紀フランスを舞台に、望まぬ結婚を控える貴族の娘と彼女の肖像を描く女性画家という身分が違う二人が出会い、生涯忘れられない存在として記憶に残る恋をする。映画『燃ゆる女の肖像』で貴族のエロイーズを演じるのは、俳優として、自ら考え、行動し、決定することを常にしてきたというアデル・エネル。昨年末、18年前の初出演作の監督から受けた性暴力の被害を告発し、セザール賞でロマン・ポランスキーの最優秀監督賞受賞に抗議し退場するなど、フランス映画業界を揺るがしたことも記憶に新しい。そして、本作を手がけるのは、アデル・エネルも出演した『水の中のつぼみ』(07)の監督セリーヌ ・シアマ。長年、彼女の私生活のパートナーでもあったシアマ監督の「Female Gaze(女性のまなざし)」と本作への思いを、アデル・エネルが語る。
『燃ゆる女の肖像』のヒロイン、アデル・エネルにインタビュー。今を濃密に生きるために演じる
──昨年、『燃ゆる女の肖像』がヨーロッパを皮切りに公開され、第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィアパルム賞を受賞しましたが、公開から1年半経って女性をエンパワーメントする作品としての影響の大きさを感じられていますか?
こんなふうに言うと、主観的過ぎると思われるかもしれませんが、本作に限らず、セリーヌ・シアマ監督の作品は常に映画界で女性をエンパワーメントする役割を果たしていると思います。でも、どうしても男性の視点から一方的に女性を支配する要素を含む映画が多かった歴史があるなかで、異なる視点で女性同士の同等の愛という世界観を表現できるんだと、こういう方法もある、ということが理解された。その点に関しては、大きく貢献したんじゃないかと。
──支配的ではなく、誰かとコラボレーションし何かを創造する喜びと、育っていく愛が描かれていますが、これまで数多の映画で表現されてきた愛との違いについてどう考えていますか?
これまでは相手を支配したり、官能的に見せたりして愛をを描写してきましたが、この映画における愛は性質が違うというか。その場に居合わせた二人の女性が即興的に交流をしながら、自分たち特有の言語を使って探り合い、相手との関係を築き上げていく。フィクションでありながら史実は変えずに、これまでとは全く違った愛のかたちの提案であり、新たな視点をもたらす作品だと思います。
──肖像画を描かれる人が画家から一方的に見られる側の“ミューズ”ではなく、お互いに見て、見られる関係として描かれています。アデルさんも“ミューズ”と呼ばれることはこれまであったと思いますが、そう呼ばれるときはどういう気持ちを覚えていたんでしょうか?
“ミューズ”という言葉は女優に対してステレオタイプとして使われていますし、言ってくる人たちもいましたけど、“ミューズ”と呼ばれても、ただ求められるがままという立場を取ることは決してしないと意識してきました。監督が演出するとはいえ、いろんな役者と共同作業をしながら最終的にどう演じるかは役者の手の中にあるので。だから、役柄との関係性をどう築いていくかを、芸術的、政治的、あらゆる側面から能動的に思考してきたつもりです。そもそも多くの映画で男性が見る側、女性は見られる側として描かれていることが納得いかないので、表には見えてこない部分でも常に、自分で考えて決断していますね。
──セリーヌ・シアマさんの監督としての魅力について聞かせてください。
彼女はものすごく明確な視点がありますよね。現実が単純にどうあるかではなく、現実があることをふまえてそれ以上のいろんな考えを巡らせるようなさまざまな問題提起ができる人。空想的でもあるし、フィクションの素晴らしさもわかっていて、哲学的なアイデアも持っている。そういったものをリンクさせていくのが得意な人だと思います。
──長年の私生活のパートナーであったなかで築かれた信頼関係も、本作に生かされていますよね。
そうですね。彼女とは約15年ほど前から友人であり、もちろんパートナーでもありましたし、芸術的なコラボレーションを長年続けてきたので。今回の脚本も、エロイーズというキャラクターは私を念頭において当て書きしてくれましたし、お互いに信頼を築いてきたので、いちいち「こういうふうに演じようと思う」と話す必要はなかったですね。
──本作は、シアマ監督、撮影監督クレア・マトン、劇中の作画を担当した女性画家のエレーヌ・デルメールなど多くの女性スタッフが携わっています。その意義についてはどう考えますか?
作品のそもそもの意図が、今まで女性同士の関係性はあまり重要視されてこなかったからこそ、歴史で描かれてこなかった女性たちに焦点を当てるというものだったんです。今回は、その重要性をちゃんと理解している女性たちを軸に撮影チームが構成されていたので、現場がものすごくうまくいったという部分はあると思います。
──この映画を通して、何か自分について発見したことは?
作品で演じたことがきっかけで発見があったとか、変わったとかいう考え方を私はしないんですよね。基本的にじっとしていられなくて動いているタイプなので、常に自問自答し問題提起をしていて、どの作品もその流れのなかのひとつとして捉えています。
──そうなんですね。常に動いているなかで、アデルさんが俳優を続ける一番のモチベーションとは?
やっぱり、コラボレーションができる人たちとの出会いというのが大きいです。新しい人たちと仕事をするたびに、こんなにも違う世界の描き方があるんだということに気づかされる。今を濃密に生きるための方法が映画や芸術全般のなかにあることが、モチベーションになっています。
──そういったモチベーションをこれまで与えてくれた監督に、何か共通する視点はあるのでしょうか。
自分で責任を持って演じているので監督から影響も受けることもないし、ヒエラルキーも気にしない人間なんですが、尊敬できるのは、ものすごく明確な視点を持っていて、静けさの中で語りたいものをしっかり見せられる、説得力がある人たち。より描きたいと思っている現実にたどり着けるヒントを、役者に与えてくれる監督。俳優は形式を表現するのではなくて、自分のボキャブラリー(語彙)を高める探検をする役割があると私は考えているので、何を求めて何を描きたいかというビジョンを明確に持っている人はすごいなと思います。
──最後に、すべて手作りというドレスは、重量感と締め付けられている印象がありましたが、衣装はどう演技に影響していると思いますか?
私は衣装を着ると、『スター・ウォーズ』シリーズのパイロットみたいな感じで(笑)、与えられた衣装を操縦しながら、その中でどう動くかをものすごく考えますね。今回は基本ドレスですが、最初は緊張感があり、カチッとした堅い印象があるんですが、話が進んでいくにつれて表情と共に少しドレスも柔らかい動きが出てくるように意識しています。同じ衣装でも、そういう心の変化を感じながら演じました。
『燃ゆる女の肖像』
原題: Portrait de la jeune fille en feu
監督・脚本: セリーヌ ・シアマ
キャスト: ノエミ・メルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、バレリア・ゴリノ
音楽: ジャン=バティスト・デ・ラビエ
配給: ギャガ
2019年/フランス/122分/カラー/ビスタ/5.1chデジタル
12月4日(金) より、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ全国公開
(C)Lilies Films
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Adèle Haenel
1989年1月1日、フランス、パリ出身。13歳で演劇クラスに通う。2002年『クロエの棲む夢』のヒロイン役でデビュー。2007年、セリーヌ・シアマ監督の長編デビュー作『水の中のつぼみ』でセザール賞有望若手女優賞にノミネートされ、その名を広く知られる。さらに『メゾン ある娼館の記憶』(11)でも同賞ノミネート、『スザンヌ』(13)でセザール賞助演女優賞受賞を果たし、続く『ミリタリーな彼女』(14)でもセザール賞主演女優賞受賞し、名実ともに仏映画界を代表する女優の一人となる。その他の主な出演作に、『午後8時の訪問者』(16)、『ブルーム・オブ・イエスタディ』(16)等がある。