気候変動、ジェンダー、BLM、コロナ禍とさまざまな問題に直面している今、ヒーローや人気者のあり方も変わってきているようだ。音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんに、これからの時代に求められる人物像を分析してもらった。
音楽・映画ジャーナリストの宇野維正さんが語る「経営者としてのエンパワーメント」|時代に愛されるこれからのヒーロー像とは? vol.4

経営者としてのエンパワーメント
BLMのムーブメントは、ヒーローのあり方を大きく変える出来事になったと思います。2020年5月にひとつのピークを迎えて世界的に大きく報道されましたが、その始まりは2013年でした。黒人の音楽家やアスリートはもう長いこと各分野で頂点に立ち、数多くのスターが存在していましたが、BLM以降のスターは、自身が経営サイドに立つことに意識的なのが大きな違いです。ビヨンセが自分の会社を持ったり、リアーナが下着やコスメのブランドを立ち上げたり。ハリウッドで賞を獲るとかビルボードで1位になるだけでは、長年経営陣が白人に占められてきたメジャーの映画会社やレコード会社に搾取されるだけ。そうではなくて、自分が経営面において主導権を握るシステムを作り、コマではなくプレイヤーになるスターが急増している。経済的なエンパワーメントを手中に入れる人が、これからのヒーローなのでしょう。ファレル・ウィリアムスが去年ジェイ・Zと組んで「アントレプレナー (起業家)」という黒人の同胞たちを鼓舞する曲をリリースしたのは、まさに象徴的な出来事でした。
起業家として自分で組織を作って経営すれば、プロダクト立案から広告まで何もかも自分の理想を反映できる。社員の働く環境だって、有色人種や女性を多く雇用できる。そうやって社会を積極的に変えていこうとすることが、スターの役割にさえなってきています。歌手がレコーディングしてアルバム出してツアーして、っていうルーティンはもう古い。どうせコロナ禍でツアーは無理ですしね。
たとえばラッパーのトラヴィス・スコットはエピックゲームズの『フォートナイト』、ソニーのPS5、マクドナルドなどとのコラボを自ら立案していて、単なる広告塔ではないのです。グッズは自分の会社で作り、自分のサイトで売る。協働する相手企業も得をする。マクドナルドでは社員にしか手に入らない限定品を作って、低賃金で働く有色人種を励ます意味合いも込める。自分が得をするだけじゃなく、マイノリティや後に続く人のために活動して絶大な支持を得ています。
トラヴィス・スコット:1992年生まれ、アメリカの黒人ラッパー。3億5000万人が登録するマルチプレイゲーム『フォートナイト』を舞台に2020年自身のバーチャルコンサートを開催、話題を呼んだ。
女優のレジーナ・キングはそれこそ『ウォッチメン』でヒーローを演じましたが、Amazonプライムで公開された映画『あの夜、マイアミで』では初めて監督と製作総指揮を担当。アカデミー賞のノミネートが有力視されています。映画製作の現場に女性を多く登用して働く環境を整え、雇用を創出し、後進のことを考えて行動しているところが、今後は、若者のロールモデルになっていくんじゃないでしょうか。
レジーナ・キング:1971年生まれ、アメリカの女優。2018年『運命の7秒』でエミー賞主演女優賞を受賞。初監督・製作総指揮を務めた最新映画『あの夜、マイアミで』では、自身は出演せず裏方に徹した。
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宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。1970年東京都生まれ。雑誌、ウェブ、ポッドキャストなどで活躍。著書に『1998年の宇多田ヒカル』『小沢健二の帰還』など。2010年代のポップカルチャーを総括した田中宗一郎との共著『2010s』も。