ginzamag.comのエッセイ連載「シティガール未満」がめでたく書籍化された、絶対に終電を逃さない女さん(右)。そして「愛と浪費のおなやみ劇場」を連載中の劇団雌猫のメンバーで、単著エッセイ集『それでも女をやっていく』を出したひらりささん(左)。二人は新刊でなぜ「私」のことを書いたのか、またどんなプロセスで書いているのか。「書くこと」について聞きました。
誠実な自分語りをするには? ひらりささん×絶対に終電を逃さない女さんが思う、「私」を書くことの効用

ひらりさ 終女さん(*絶対に終電を逃さない女さんの略称)がさっき「この対談のために今日初めてマガジンハウスに来た」という話をされていて。まずはそこから始めるべきでは?と思いました(笑)。
──『シティガール未満』に書かれていますが、マガジンハウス近くの喫茶店YOUまでいらしていながら!
終女 建物の外観を見たことだけは一回あるんです。東銀座に来たときに、「マガジンハウス見に行こう」と思って(笑)。憧れのマガハにようやく足を踏み入れました。
──終女さんはginzamag.comの連載の書籍化にしてデビュー本である『シティガール未満』、ひらりささんも同じくWeb連載が書籍化された2冊目の単著『それでも女をやっていく』が2月に出版されました。どちらも「私」について書くことを通じ、女性特有の生きづらさが語られていることが印象に残りました。
終女 連載中から、女性特有の生きづらさの話が一番読まれる感覚があったので、定期的に入れるようにはしていました。目次で言うと、「歌舞伎町のサブカルキャバ嬢」の若い女性と飲みたがる男性の話、「渋谷PARCOとオルガン坂」の容姿の話、「渋谷スクランブル交差点」のナンパの話、「四谷三丁目のモスバーガー」の生理痛の話ですね。
──ナンパの話などはSNS上で大きく話題になった覚えがあります。
終女 もちろん女性の生きづらさというテーマに興味はありますし、読むのも好きです。ただそれをメインに書くつもりはなかった。あくまでも私の日常の中にそういう生きづらさもあるということを示せたらいいかなと。結果的にそうなったという感じですけど。
連載を書く上でのルールは、毎回、東京の特定の街を舞台にして思ったことを書いていくことだけだったので。ただ東京で生活して書いていると、自ずとそういう話題も出てきたという。
ひらりさ それが終女さんの匿名性とうまく噛み合ってるなと思います。終女さん自身の体験や思ったことが書いてあるんだけど、顔が見えないからこそ、読者に伝わるものもすごくありそうだなって。絶妙な距離感というか。
行ったことある場所の回だと、やっぱりいろいろ思い出したりして。たとえば「池袋 ロサ会館のゲームセンター」の回なら、「シネマ・ロサで映画を観るたび、なんとなく気になっていたあのゲーセンだ!」と思ったり。もう一歩踏み込んでその街の顔を知ろうとしている終女さんの視点があるからこそ、気づけるものがあってすごくいいなと思います。
『シティガール未満』絶対に終電を逃さない女(柏書房/¥1,650)
──ひらりささんの『それでも女をやっていく』は、正面切ってフェミニズムと向き合う1冊だと受け止めているんですが、そうしようと覚悟を決めた経緯を教えてください。
ひらりさ 私はすべての覚悟がないままここまで来ているので(笑)、逆に、今私が書くべきものについて考えたところがあります。もともと『女と女』というタイトルの同人誌を、知人女性たちに匿名エッセイを寄稿してもらって作っていたんです。それを読んだワニブックスの編集者から「ひらりささん自身が、女について書きませんか?」と依頼が来ました。フィクションに登場する女性への洞察や、自分自身の女性との関係性の話を書いてほしいと。でもそれは別に同人誌で済んじゃってるというか、いろんな人に書いてもらう方が面白いし意義があったなって。もし私一人が「女と女」を軸に書くなら、特定の対象だけじゃなく、今の社会における女全般の話を含めなければ。ちょうどフェミニズムへの関心が強まっていたのと、イギリスの大学院への留学を予定していたのもあり、そういう覚悟を決めました。
終女 「わたしが女子校を礼賛したくない理由」の回を、Web連載のときにも読ませていただいて。それが公開された当時って、Twitterで女子校出身の人が「女子校でほんとによかった」みたいな話をするのが流行っていたと思うんです。私はちょっと半信半疑だった。ずっと共学でしたけど、学校に馴染めない子どもだったので、多分女子校に行っても馴染めなかっただろうと。違和感をうっすら感じていたときに、ひらりささんの文章を読んで、すごくすっきりした。私が女子校に行ってたらこんな感じだったんじゃないかなって。
ひらりさ 憎まれ口みたいなエッセイですよね(笑)。
フェミニズムって無限に読むべき本があるけど、有名どころほど難解だったりする。ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』とか……。何から読んでいいかわからない人にとって、自分の本が1冊目になるといいなと思いました。そこから他の本にも目を向けてほしくて、文中で『キングコング・セオリー』など何冊か紹介できたのもよかった。もうちょっと紹介したかったなという気持ちもあるので、いずれそういう試みもやっていきたいです。
『それでも女をやっていく』ひらりさ(ワニブックス/¥1,540)
──ここからは、普段どのように書いているかについてぜひお聞きしたいです。まず書く前段階として、普段メモなどはされるんでしょうか?
終女 私はどこかで聞こえた面白い会話とか、自分が思ったこととかをスマホにメモしています。前からそうでしたが、連載を始めてより記録するようになりました。
ひらりさ スマホにデフォルトで入っているメモ機能ですか?
終女 そうです。
ひらりさ 私、もう全然メモ能力がなくて。『シティガール未満』からは世の中を見ようとする力をすごく感じるんですけど、やっぱりメモ力もあるんだなぁ。些細なことに気づきつつ覚えている、終女さんならではの視野と記憶が感じられる本だなと思ったので。
──ひらりささんはメモを取らない?
ひらりさ 全然。特に『それでも女をやっていく』はこれまでの本と違って自分語りMAXなのでなおさら(笑)。今回書いたのは、友だちとの飲み会で何度も話しているから覚えている話ばかりです。
終女 私ももともとエッセイに書こうと思ってなかった話題について、ツイートしたことがきっかけで書こうとなることがあります。反応があって新たに考えが深まったりとかで。
ひらりさ 1回言葉にしたことを、改めて書いている感じはあるかもしれないです。私の口は雑にものを言うので、人と会話した後は自己嫌悪ばかりなんですよ(笑)。ゆっくり考えるために文章を書いている部分はあるかも。書いてみて初めて気づくことはいっぱいある気がします。
──日記はつけていますか?
終女 つけてますね。四六時中メモできないこともあり、パソコンで日記を書くようになって。ワードに書き溜めて、1万字くらいになったらファイルを変えています。でも、書き残したいことがある日だけ。毎日はできないかも。
ひらりさ 私は5年日記をつけてて。今4年目くらいでやっと面白くなってきたところです。それまでの人生、日記がまったく続いたことがなくて。ただ周りの友達に日記好きというか記録魔が結構いて、そんな日記を書く女に憧れて(笑)。
──日記を続けることへの憧れ、わかります(笑)。
ひらりさ 5年日記だと余計、スペースを埋めずに空いてるのが気になるんですよね。なのでその日書けなくても、1週間まとめて埋めるとかしてます。
そういえば2016年から2020年にかけて続けていたnoteの定額購読マガジンは日記的な内容でしたね。ある出来事について原稿を書いていたとして、その前後がどういう感じだったかを振り返りたいときにいいかなって感じです。
終女 書かなかったら忘れてしまうような出来事もあるし、メモや日記がエッセイに生かされているような気がします。
ひらりさ 私も終女さん的なメモを書いてみたいです。世の中の見方がメモ一つで変わりそうだし、書き方や書く内容にも影響がありそう。
思うのが、終女さんはどのエッセイも入りがめちゃくちゃよくて。特に好きなのが、「東銀座の喫茶YOUと八王子」の回の「卵がふるえている。」という入りです。
終女 ああ、あそこ結構迷ったので嬉しいです。オムライスの描写なんですけど、もうちょっとインパクトがある方がわかりやすくて読まれるんじゃないか?っていう迷いもあったので。
ひらりさ さっと視点を伝えてくれるというか、本当に小説みたいな入り方だなと。そこのこだわり。すごく考え抜いて出た表現だなと思わされる。この人は一本の原稿を書くのにどのくらい時間をかけてるんだろう?って。
終女 調子いいときと悪いときでかなり差があるんですけど、最低でも20時間くらいはかかってるかな。
──書き始める前に全体の構成は考えますか?
終女 頭の中では考えてます。全体像があった上で、最初の一文と最後の一文を決めてから書くことが多いです。
ひらりさ へぇ〜、最後も決めてからってすごい。
終女 最後の一文を思いついたら書けるなって思います。
ひらりさ 勉強になります。
──文学的ですね。ひらりささんはいかがですか?
ひらりさ いやもう全然。構成考えるのが死ぬほど嫌いで(笑)。だったら書いちゃう。さすがに最初のパラグラフの内容だけは決めて書き出して、終わりはもうたどり着くところに行くみたいな。
終女 全編、終わり方が綺麗だなと思いました。
ひらりさ 根がまじめなので、気を抜くと感想文的に「考えさせられました」みたいな感じになっちゃいそうなので、「考えさせられた」をいろんな表現に言い換えてる。自分としてはちょっと課題ですね。
──お二人は機会あるごとに、世の中の人々に向けて「もっと自分のことを書いたらいいと思う」とおっしゃってきました。「私」について書くことの効用とは?
終女 「救われた」って言ってくれる読者の方が何人もいて。連載中はこれで誰かが救われるとは全然思ってなかったし、つい最近まで書き手と読み手の関係はもうちょっと一方通行だと思ってたんです。でも「この本をお守りにします」なんて言ってもらえると、私も書いてよかったと思うし。そういう支え合いとか共生みたいな関係なのかなぁと思って。ひらりささんの本も救われる人がいっぱいいるような気がします。
ひらりさ そう言っていただけるとありがたいです。
終女 全体的に、無理に答えを出そうとしてないじゃないですか。「私もまだ迷ってるし、これからも考え続ける」という態度。すごく誠実な自分語りだと感じたし、そこに親近感を感じる読者が多いんじゃないかなって。いろんな方が自らの女性性に向き合って考えていくための手助けになりそうな本だなって思いました。
ひらりさ 本が出たら石を投げられるってずっと思ってて、出る前も後も人と会いたくないんで無理ですみたいな感じだったんですけど(笑)、いざ出たらみんな思ったより優しかった。フェミニズム運動は間違いなく大事なのですが、身を投じている人と、自分には無理だと思ってる人の溝が深いなと思っていて。フェミニストを名乗るという「運動」にもためらっている、どっちつかずの“卑怯なコウモリ”のような私がその話をすることで、無理だと思ってる人に「自分にも関係あるかも」と思ってもらおうという狙いはありました。
──ひらりささんは「私」について書き、何を感じましたか?
ひらりさ ゼロ年代におけるネットの問題として、女性の自分語りがエンタメとして消費される風潮があった気がして。読者が高見の見物するみたいな。だから今回も少し警戒していたのですが、全然そういう風にはならなくて、むしろ自分語りを返してくれる人がすごくいて。
それこそ『シティガール未満』もそういう本じゃないかなと思うんです。「あなた」の自分語りを引き出すために、「私」の自分語りを差し出してるんであって、そういうところがちゃんと伝わる人に読まれてるなぁと。なんか「私が思うより世界は大丈夫だった!」みたいな気持ちに(笑)。
終女 「わたしが女子校を礼賛したくない理由」の回の、「……って、こうやって書いちゃうと、もう完全にノスタルジックになっちゃうな」って、それ以前の文章について自己批判しているところがすごいと思いました。私ならノスタルジックになったまま終わってしまう。
ひらりさ グネグネしたところ(笑)。でかいイカのような、軟体生物みたいな気持ちで書いてましたね。「結構しんどいので読むのに時間かかってる」みたいなツイートも多くて。それはむしろありがたいというか。読者の方もまじめだなって。
終女 グネグネしてるとわかりづらいって思われる可能性もあるのに、そのまま書くところに誠実さがある。ひらりささんとはこれまでも面識はありましたが、こうして対談できて嬉しかったです。
ひらりさ またぜひおしゃべりしましょう!
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ひらりさ
文筆家。1989年東京生まれ。オタク女子ユニット「劇団雌猫」のメンバーとして活動を開始後、オタク文化、BL、美意識、消費などに関するエッセイやインタビュー、レビューを執筆する。単著に『沼で溺れてみたけれど』(講談社)。劇団雌猫としての編著書に『浪費図鑑 ―悪友たちのないしょ話―』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
Twitter: @sarirahira
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絶対に終電を逃さない女
1995年生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学時代よりライターとして活動し、現在はエッセイを中心にWebメディア、雑誌、映画パンフレットなどに寄稿している。本作『シティガール未満』が初の単著となる。
Twitter: @YPFiGtH
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