ジャンルを横断して活動できる稀有なドラマー、石若駿さん。2023年1月に公開された映画『BLUE GIANT』では、上原ひろみや馬場智章とともに劇伴を担当。3月には自身名義の最新作『SONGBOOK VI』を発表。メンバーとして参加しているバンクシアトリオやSMTKでのライヴ、この夏はくるりや絢香のツアーにも帯同するなど、millennium paradeに参加以降、幅広いファンから注目を集めてきた。「今度はなにをやってくれるのか?」と、新しいアクションが熱望される存在だ。
「現在はソロプロジェクトAnswer to Remember(以下ATR)の制作を含め、3日間連続でレコーディングをしている最中。お世話になっているスタジオにはキッチンがあり、この日はパスタを、エンジニアさんにも振舞うところから1日の作業が始まります」
2019年に発表したATRの作品では、NYが拠点のトランペッター黒田卓也や、ラッパーやDJで知られるKID FRESINOなど、20名以上のミュージシャンが参加。制作進行は大変?
「とっても楽しいですよ。まず、自宅でピアノを弾きながら譜面を書き、ほかのパートをパソコンの音楽ソフトへ打ち込んでいく。曲の方向性が見えてくると同時に、演奏してほしいミュージシャンの顔が浮かんでくる。メールや電話で連絡した後、スタジオに集まってレコーディングしていきます」
新作の構想を話しながら、近年導入した新しい作曲方法も教えてくれた。
「某偉大なジャズギタリストは、日常生活の中で思い浮かんだフレーズを、簡単な譜面に書き起こし、仕事部屋の箱に放り込んでおいて、レコーディング前にたまった紙を見直して、楽曲へ反映させるらしいです。いいアイデアだと思ったので、僕も真似することにしました。数年かけて集まったメモをチェックしてみると、コロナ禍で家にいた2020年のものが大量に出てきて。書いたこと自体、記憶にない断片もあったけど、未来の自分へのメッセージみたいで面白く、曲のソースとしてかなり使いました」
石若さんにとって音楽は、記憶の再生装置にもなっているという。
「子どもの頃、音楽学校へ通う電車の中で、好きな曲を聴きながら、窓越しの風景を見ていたんです。それがキッカケか、過去にヘヴィローテーションしていた曲が耳に入ると、当時の景色や状況を克明に思い出すことができるんです。たとえば、最近LP化されたブライアン・ブレイド『Mama Rosa』(09)を聴くと、留学していたバークリー音楽大学やボストンの街並みも甦ってくる。そんな思い出の集積が、自分の作品へ還元されると考えています。16年から続く『SONGBOOK』シリーズは、制作時の思考や発想、過去の出来事を記録するために作っている面もある。1枚目のレコーディングは、まだ学生だったので、完成までに3年間くらいかかった。聴き直すと、苦戦したスタジオの情景やメンバー(角銅真実、西田修大)との会話などが、すぐに甦ってきます」
なかなか集まって音を出せない、音楽家にとっては苦しい時期を乗り越えた結果、新しい発見もあったという。
「メンバーと一緒にスタジオへ入り、音楽を奏でるのはやっぱり楽しい。それが自由にできなくなった時期があったから、オンライン上で音源を交換しながら制作することに慣れていきました。ソフトやアプリが発達したこともあり、現在ではレコーディング手段の新しい選択肢になったと思う。僕自身、DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)でできる引き出しが以前より増えました。録音した音源の細かい編集や修正、プラグイン(ソフト音源やエフェクト)まで。スキルを自然に身につけられたのはうれしかったです」
個人的な趣味についても聞こうとしたが、やはり出てくるのは音楽の話。
「仕事が通常モードに戻って忙しくなってきたため、さまざまなアーティストの新譜を隅々まで楽しむ余裕がなくなっていた。そんなある日、レコードプレイヤーをプレゼントされました。アナログ盤に針を落とし、スピーカーから出てくる空気の振動を体感した方が、より作品を深く、細かく味わえる。僕の場合、サブスクだと、曲の途中でもアルバムを取っ替え引っ換えしやすいから聴き直すことが減って。偶然出会った好きなサウンドのサイドマンの名前も分からない。アナログなら片面が短いので繰り返し聴いて、クレジットもじっくり眺めたりして、何度でも聴きたくなる。今は、お店に出かけてレコードを物色することが楽しくてしょうがないです」