忘れられないシーンや胸を打つ映像の裏側には、必ずスタイリストがいる。もしくは、物語に没入してキャラクターの服装を覚えていない一本にも。気になる5名に聞く、コーディネートの枠を超えたどこまでも深い仕事術。連載 #映画スタイリングという仕事 より。
伊賀大介が語る、映画スタイリングという仕事。
観察し尽くしたあと一撃で仕留めるのが理想
観察し尽くしたあと
一撃で仕留めるのが理想
「僕が知りたいのは、その役が何の仕事をしていて、どのぐらい稼いで、どこに住み、どういう行動様式があるのか。脚本から想像できるものは引き出し、わからないところは監督やプロデューサーと相談しながら肉づけしていきます。原作物は別ですが、すべての仕事は基本的にこのやり方ですね」
ヴィム・ヴェンダース監督が渋谷区のトイレを舞台に物語を紡いだ『PERFECT DAYS』(23)。伊賀さんは役所広司が演じる主人公・平山をはじめ、すべてのキャストをスタイリングした。
「平山は典型的なブルーカラーではなく、掃除するトイレは綺麗だし、生活に根ざしているけれど、ある種ノーブルさがあるよねという話をしました。そこから、彼は何を着て、服にどのぐらいお金をかけるのかを割り出し、パンツが3本ぐらい、シャツは4〜5枚あればいいだろうと決める。毎シーズン新品を買う人でもないし、大体同じ格好ですが、浅草で売っている安いスニーカーよりは、2万円ぐらいのニューバランスを買って5年はく方がいい。それが彼の哲学と合う。今回のような台詞が少ない作品は、選択をひとつもミスできないので、そこは微に入り細に入り」
スタイリング提案は撮影に入るずっと前。制作過程の最初だからこそ、正解を出す必要がありプレッシャーも大きい。さらに今回は、中高生の頃に『パリ、テキサス』(84)を観て以来好きなヴェンダース監督。衣装合わせの前日は緊張のあまり寝られなかった。
「いざヴィムと会ってセッションすると、『平山は右利き?左利き?腕時計をする?フィルムカメラはどこのポケットに入れる?』って、めちゃくちゃ僕に質問してきて。ディスカッションすることが一番やりたかったことなので、我が意を得たりというか、すごくありがたかったです。僕にとって洋服のコーディネートは当たり前、あとはiPhoneにケースをつけるのかなど、キャラクターを具現化するのが、映画におけるスタイリングだと思っています」
それは人生のバイブルという画家・大竹伸朗の『既にそこにあるもの』から学んだ。
「大竹さんのコラージュ作品にも、海外の道端に落ちていたモノが貼り込んであったりするのですが、過去と現在を接続して、新しい景色を作るのは、古着やそこら辺の商店街で売っている服もすべて取り込んでスタイリングすることに近いんです。世界中のあらゆる布は衣装になり得るんじゃないかと思っています」
そのマッチングには必然がある。そこにたどり着くために、人間を観察し、行動原理を把握する。ゆえに、電車に乗るのが大好き。映画館でも飲み屋でもつねに客の持ち物や着こなしを見ている。
「でも服だけでは駄目で、勇見(勝彦)さんのヘアメイクもとても重要でした。ホームレスを演じる田中泯さんの肌を黒ずませたり、指の節を黒くしたり、衣装とヘアメイク、トータルで仕上げていきました」
Text&Edit_Mika Koyanagi