忘れられないシーンや胸を打つ映像の裏側には、必ずスタイリストがいる。もしくは、物語に没入してキャラクターの服装を覚えていない一本にも。気になる5名に聞く、コーディネートの枠を超えたどこまでも深い仕事術。連載 #映画スタイリングという仕事 より。
小林身和子が語る、映画スタイリングという仕事。
客が違和感なく物語に集中できる衣装
客が違和感なく
物語に集中できる衣装
ベテランから気鋭の若手作家まで、幅広いフィルムメーカーの作品で活躍する小林身和子さん。現在公開中の山田智和監督の長編デビュー作となる『四月になれば彼女は』(24)でも衣装を担当している。冒頭のシーンは、ウユニ塩湖の真っ白な地平線に、ひとり佇む森七菜の真っ赤なワンピースが印象的だ。
「撮影は、国内編を2022年5月に終え、翌年1月から海外編が始まるというスケジュールでした。衣装合わせは通常シーン順に行うのですが、なんとなく自分がイメージしている服をあらかじめ共有できたらと思い、監督と原作者の川村元気さんに見せたところ、赤いワンピースはその場で決まったんです。川村さんも『完璧!』と」
映画の仕事をするようになって30年近く、脚本を読み込み、キャラクターに肉づけしていくやり方は変わらない。だが、原作がある場合は少し悩むそうだ。
「オリジナル小説を先に、その後で脚本を読むと、監督や脚本家の方がどこを膨らませて、どこを削ったかがわかるので、重点的に表現したい箇所、逆に触れたくない部分が理解できる。そういった意味では原作を確認する価値はありますね。一方で、引っ張られてしまうデメリットもあるので、事前に目を通すかどうかはいつも迷います。今回は原作に小物やインテリアについての描写が結構あり、こだわり加減や嗜好のヒントをもらえたのでよかったです。ただ、山田監督がそれをどう描きたいかという意向もあるので、私が感じたことを打ち合わせで擦り合わせていきました」
どの作品でも、脚本が届いてからフィッティングまでの間に、監督と何度も対話を重ねる。
「プレ打ち合わせから始まって、雑談含め、この役はこういうキャラかなと言い合いながら、裏設定も聞き出します。過去に通った小中高、就職・転職した会社、といった、映画には描かれない部分が、人物像をつかむとっかかりになります。こういうお店に買いものに行くのかなと、想像したりして」
いざ衣装合わせへ。
「あえて真逆をスタンバイすることもあります。例えば赤がいいよねという話だったとしても、こちらに転ぶ場合もあるなと、白や黒も用意する。ちょっと地味なダサい方向にしましょう、と言われていても、感性は皆それぞれ違う。これをセンスないと思う人もいれば、そうじゃない人もいる。その線引きは自分だけの価値観でしかないので、幅広く持って行くことで、監督のおっしゃっている方向がわかります。洋服をいっぱい準備するのは、自分が不安なのもありますが、できるだけ可能性を広げたいから。監督に限らず、スタッフはそれぞれふわっとしたイメージを持っていて、でも具体的な形で見せるのは衣装が一発目。自分の考えを提案するのは毎回プレッシャーでもありますね」
初めて映画に携わったのは河瀨直美監督の『萌の朱雀』(97)。衣装助手として入り、そこから経験を重ね、是枝裕和、西川美和、三浦大輔など多彩な作家と仕事をしてきた。同じ監督と繰り返し協働することも多く、洋服で冒険できるかどうかといった匙加減も把握するようになった。既成概念を取り払うため、初めて一緒に仕事する監督という思いは忘れないようにしている。
「監督によって、衣装へのアプローチも全然違うんです。西川さんはご自分で脚本を書いていらっしゃるので、明確なヴィジョンがある。ファッションにすごく詳しいわけではないと思うのですが、全然悩まない。提案がすごく真髄をついてくるというか、間違ったことは言えない感じがある。なので、すごく怖いですね。何年も費やしてご自分で生み出しているので、登場人物たちの背景が詳細にある。こちらは1ミリでもヒントを絞り出そうといろいろ尋ねるのですが、100%ビシッと返ってきます。有り無しがハッキリしているので、非常にやりやすい。役者さんも自分の役に入りやすいと思います。完成した作品を観て、彼女はこういうことを伝えたかったのか、と自分のホンの読みの甘さを反省することもあります(笑)。
『永い言い訳』(16)
初顔合わせの本木雅弘とは、5〜6時間に及ぶ打ち合わせを。「本木さんからのご紹介でビームスの南雲浩二郎さんにも入っていただきました。ヘロヘロになりましたが、いい思い出」
是枝さんも同様にご自分で脚本を書かれますね。『奇跡』(11)は、全部の衣装ではないですが、演者の子どもたちと近所のスーパーへ行って、好きなものを選んでもらい、私が用意した服とミックスしました。素の本人に近い感じで撮りたいという思いで、是枝さんからの提案でした」
Text&Edit_Mika Koyanagi