1990年代、講師として働きながら、警察のおとり捜査に協力し、プロの殺し屋を演じて70件以上を逮捕に導いたゲイリー・ジョンソン。グレン・パウエルがこの実話の存在を知り、リチャード・リンクレイター監督へ連絡したことから、二人の共同脚本執筆というかたちで映画化が進んだ『ヒットマン』(9月13日公開)。映画「ビフォア」シリーズ3部作など、おしゃべりで魅力的なキャラクターと作品を輩出してきたリンクレイター監督だが、そんな自身が生み出した登場人物そのままのようなチャームとウィットに富んだ監督本人が、大人向けのクライム・コメディである最新作と、ジャンルや方向性は毎回変えながらも、自分らしい映画をつくり続けることについて語ってくれた。
実在した“ニセモノの殺し屋”が見せる七変化!?
監督リチャード・リンクレイターが語る、映画『ヒットマン』の多面的な魅力
──主演俳優グレン・パウエルが、ニセの殺し屋のゲイリー・ジョンソンに惹かれた理由のひとつとして、複雑で多面性があるところが魅力であるあなたのことを想起させたから、と述べていましたが、共感しますか?
そうですね。僕だけでなく、すべての人には多面性があると思います。変幻自在なシェイプシフターとしてね。それに、監督という仕事は、様々な種類、ジャンルの映画をつくらなければならないとも考えています。そもそも、自分自身からは逃げたくても逃れられないと思いますし、どちらかといえば私たちの人格は固定化されている気がするけれど、意識的に変われるという考え方は好きです。「人は変われるか?」というアイデンティティの研究があるとしたら、良い方に変われると自分は思いたいというか。
──あなたはこれまでも脚本づくりにおいてしばしば俳優とコラボレーションをされていますし、今回もグレンと脚本を共同執筆していますが、俳優と脚本を一緒に書くメリットとは?
個人的に、ある程度のレベルで俳優とコラボレーションをすることは監督として理にかなっていると思うんです。映画のキャラクターを表現するために、何度もリハーサルをし、何度もワークショップをします。だから、俳優と一緒に、もしくは俳優を通して脚本を書き直すプロセスは自然なことで。今回、共同脚本として彼に声をかけるかどうかは僕次第だったかもしれないけれど、「どうせ一緒に書き直すことになるから、手間が省けるし、今すぐ一緒に取り掛かろう」と言いました。グレンとはお互いに笑い合える間柄なので、楽しい作業でしたが、仕事上の関係でありながら、個人的でより親密な協力関係にもなるので、俳優にとって厳しい部分もあるだろうけど、メリットもあるんじゃないかなと。
──確かに、自分のキャラクターについてより知ることができるし、疑問も解消できますもんね。
そもそも、自分はそれ以外の方法を知らないんですよ。だから、俳優がただ現れてセリフを言うだけの映画には驚かされます。俳優に100%役になりきってもらうというやり方もあるけれど、うまくいくこともあれば、いかないこともある。自分の場合は、そういう問題をすべて事前に解決したいんです。俳優がキャラクターと同一であることを実感してほしいから、すべての質問について話し、答え、ディティールを探り、できる限り深く掘り下げてから撮影します。当日も、ただ撮影するだけでなく、現場で俳優が行動原理に疑問を持ったり、彼らしか知り得ないような質問をしてきたら、脚本に問題があるということです。幹部の人たちにとっては違和感がないようなことであっても、実際にキャラクターを演じている俳優が抱く疑問を大切にしています。なぜなら、意味が通じなかったり、穴があったりする映画をたくさん観てきましたから。
──長編、短編、ドキュメンタリー、TVシリーズなども含めると、30作品以上手がけていらっしゃいますが、アイデアが枯渇することはないんですか?
しばらくの間は、1本を撮るごとに、あと2本は進行中の脚本やアイデアがありました。自分のキャリアであと何本映画を撮れるだろうと考えている監督もいますが、自分はそうじゃないということにはかなり早い段階で気づきましたね(笑)。長生きして、たくさんの映画を撮りたいし、引退なんて考えたこともない。映画づくりとストーリーテリングがとにかく大好きなので。
──映画づくり自体には飽きなくても、ちょっと面倒だなというパートが出てきたりはしないものですか?
歳をとったせいか、些細なことに対する忍耐力はなくなってきたかも(笑)。でも映画づくりに飽きたことは一度もないし、好きだと思えない作品を撮ったこともありません。あれはうまくいかなかったとか、映画監督に向いていないとかも思わないです。どの監督も同じように言うだろうけれど、時間と労力を費やすだけの深みがあると感じるには、登場人物に心から惚れ込み、興味をそそられなければならない。だから、あるレベルで自分に語りかけてくるものでなくてはいけない。それが映画をつくる、あるいはつくらない動機になっています。
──確かに、あなたの映画は、映画自体はもちろん、出てくるキャラクター一人ひとりに対する愛情を感じさせますね。
自分の映画の登場人物が嫌いな監督もいるのかもしれませんが、自分はキャラクター全員に愛情を抱く傾向が強いです。たとえ悪人であっても。今回の場合、オースティン・アメリオが演じたジャスパーがそうですが、彼はウィットに富んでいて面白い。知的な悪役は好きですね。映画は大勢の役者がアンサンブルを組んでいるわけですが、その一人ひとりを実在の人物のように感じてほしいので、そのために時間をかけなければならないと思っています。だって、脇役が目立たず、スターを売り出すためみたいな映画は、現実味がないじゃないですか。
Text&Edit_Tomoko Ogawa