「今いる場所を離れたら幸せになれるのか?」。そんなよくある想像を想像で終わらせず、映画『ケナは韓国が嫌いで』(3月7日公開)の主人公ケナは、ニュージーランドへの移住を決意。背景に描かれるのは、ジェンダーや肩書で判断される韓国社会の生きづらさだ(日本も他人事じゃない……!)。『グエムル-漢江の怪物-』などポン・ジュノ作品でも知られる、主演のコ・アソンはケナの旅をどう受け止めたのだろう。
『ケナは韓国が嫌いで』主演のコ・アソンにインタビュー
現代韓国女性のロードムービー。「逃げる」の先にあるもの

——原作はベストセラー小説『韓国が嫌いで』。生まれ育った韓国で生きづらさを抱える主人公ケナが、海外に飛び出て人生を模索するさまを一人称で描き、広く共感を呼びました。原作はもともと読んでいましたか?
この映画の話があってはじめて読みました。オファーがあったと聞いた時、ちょうど書店の近くにいたのですぐ購入して。『韓国が嫌いで』は2015年に韓国で発行された小説で、当時の世相がいろいろと反映されています。刊行から月日が経ち、フェミニズム運動がさかんになるなど世の中が変化しているため、チャン・ゴンジェ監督とは2020年代の社会像も込めなければと話しました。
——小説の文章をポストカードに何枚も書いて撮影現場に持参したとのこと。たとえばどんなところを抜粋しましたか?
ケナには内面の弱さを隠そうとするところがあり、そういった特徴が現れた文章を書き留めました。特に映画にはなく小説のみに登場する部分、たとえば海外のシェアハウスで寝る時に、「私ってプライドが高いのかな?」などと自問するフレーズなど。6枚ほどのポストカードにまとめたのは、ちょうど家にノートがなかったからです(笑)。
——監督はインタビューで「韓国の20代女性に話を聞くと、恋愛は難しいと考えているようだ」と話していました。そんな中でケナにとって恋愛、またその先にある結婚はどういう意味を持っていたと思いますか?
原作のケナは桃花殺(*四柱推命においていわゆるモテる人が持つとされる命式)の持ち主で、この映画でも常に男性たちに囲まれています。韓国では恋人のジミョン(キム・ウギョム)と、大学時代から10年ほど付き合ってきた設定です。きっと恋愛中は幸せでしたが、結婚という現実に直面した瞬間、働く女性としての困難にぶち当たったように思います。一方、移住先のニュージーランドで出会うジェイン(チュ・ジュンヒョク)は友だちでも恋人でもなくて、戦友とでもいうのでしょうか。同じ韓国人として異国の地で慰め合い、励まし合えるような、仲間としての愛。そういう表現の仕方をしようと、監督とは話し合いました。
——あとはキョンユン(パク・スンヒョン)という、また違った生きづらさを抱える男性キャラクターも登場します。ケナとジェイン、そしてケナとキョンユンの関係性には、性別を超えた連帯の可能性を感じました。
韓国で「キョンユンといる時のケナは、すごくリラックスしていて自然体に見える」というレビューを見つけたのですが、そう捉えてくださったことにお礼を言いたいです。というのも、それがまさに伝えたかったことなので。お互いに仮面をかぶることなく悩みを打ち明け合える、そういう友人同士だったと思います。
——監督は本作を念頭に、「私にとってロードムービーにおける旅の意味は、何かを悟ることではない。重要なのは、今いる場所から離れるプロセスそれ自体」と話しています。アソンさんはそれをどう思いますか?
同じ考えです。旅とは未知の世界を探検する行為である一方で、日常を断ち切れる点にも大きな価値があると思います。たとえばケナもニュージーランドに行きたいからというより、韓国が嫌だから去ったわけで。そのことは念頭に置きながら演じました。
——ケナがゆるやかに変わっていく過程が、アソンさんの芝居、そして外見の変化を通じて自然に提示されていきます。衣裳やヘアスタイルには、アソンさんの意見も何か反映されていますか?
私がはじめて出した意見は、肌に関することでした。ニュージーランドのケナには、現地での時間が凝縮されたような、日焼けや質感が必要だと感じたんです。というのも、『グエムル-漢江の怪物-』などの作品でご一緒したソン・ガンホ先輩が、インタビューで「ある役を演じる場合、衣裳やメイクで補える部分を除いても、その人の暮らしぶりが一目でわかるような、何か根本的なものがなければいけない」というようなことをおっしゃっていて。それを読んで以来、役の根本にリーチするためには何ができるかを考えるようになったんです。とはいえ、基本的には専門のチームにサポートしていただきました。2国それぞれのパートの間にコントラストがあるといいのではと思い、髪の色や服のテイストなどに変化を持たせています。ニュージーランドでのシーンの衣裳はすべて現地で購入したものです。
Text&Edit_Milli Kawaguchi