初夏の足音が聞こえてきたら、旅に出たくなる。5月16日は松尾芭蕉がおくの細道へ出発したとされる”旅の日”。編集部員それぞれの旅の形をリレーでお届けします。
FROM EDITORS 初夏の旅 突然のハロー!山が見守る鹿児島へ
Early Summer Trip 7
成り行きで決まった旅だった。はじめは、よく一緒に旅行をするグループの一人が、屋久島でトレイルランニングをしようと言っていた。日程的&体力的な不安があったので確定を延ばし延ばしにしていたところ、別の友人がなぜか「鹿児島までの飛行機は取った」と報告。ならばもう鹿児島旅行をしてしまおうと、自分も航空券を取ったのが出発一週間前。4月も末のこと。そこからAirbnbで3人で泊まれる場所を探した。勢いで動くのは気持ちがいい。目的不明、下調べなし、そんな旅行も大好きだ。
そうして初めて訪れた桜島。ここの小学生は火山灰対策でヘルメットをかぶって登校するそう。活火山と日常生活の共存がとても興味深い。島の歴史や生活、火山の成り立ちなどあれこれを学べるのが「桜島ビジターセンター」。そこで、欧米人旅行者が「火口にできるだけ近づきたいんだけどどうしたら行ける?ゆで卵が作れるか試したいんだ!」という無体な相談をしていた。活火山と人間の共生がいかに珍しいのかを物語っている(かもしれない)。※ちなみに、現在桜島から2km圏内は立ち入り禁止です。
この島はぜひ一周するのがいい、と思う。桜島は場所によって地盤となる溶岩の時代が異なり、植生も地形も変わる。何より、島のどこから眺めるかで、山の姿がまったく違うのだ。鹿児島市側からは見えない火口も、反対側に行けばありありと観察できる。
もくもくと煙を吹き続ける。手前は、溶岩の流れをコントロールするために作られた人工の水なし河。※ちなみに、桜島は正確には「島」ではない。大正3年の大噴火で、東側の大熊半島との間の海が溶岩で埋まって地続きになったのだ。
しかしなにせ私たちは無計画旅団なので、バスで移動するも、乗り継ぎで次のバスが2時間後という事態となり立ち往生。そこで地元の観光タクシーを呼ぶことに。電話を切って甘夏の無人販売所に行っている間に、タクシー到来(早い!)。甘夏を抱えた私たちは、おしゃべりな運転手さんにガイドされながら、島をぐるっと回る。桜島は土壌が火山灰ベースで柔らかいから甘夏もよく育つんだ、と説明してくれたのもこの運転手さんだった。(料金は8,000円ちょうど。ガイドもしてもらえると思えばそれほど高くない。)
桜島らしさは山だけでなく海にも。海水に温泉物質が混ざり、エメラルドグリーン色に。岸の左右で溶岩の時代が違うので、植物の様子も大きく変わる。ここは、桜島の住民が爆発の際に船で避難するために設けられている「避難港」のひとつ。
一方、鹿児島市街には「明治維新150年」と書かれたのぼりがあちこちに立てられていた。「せごどん」ムードがかなり強い。脳みそが受験勉強期に巻き戻され、友人と必死で日本史を辿り出す。西南戦争の激戦地となった城山に向かうバスの中では、ウィキペディアを読み漁り、西郷さんのことを考える。実は、大河も見ていない私。一週間前まで、頭の中には「さいごう」のさの字すらなかったと言うのに!
やがて城山の頂上に到着すると、錦江湾の向こうから桜島が出迎えてくれた。
桜島の見え具合は日によって変わる。
さて突然だが、私の旅での密かな愉しみは、俳句作りである。といっても、特に習っているわけでもなんでもない。日本の(渋めの)観光地に行くと、たまに投句箱が設置されているのを見たことがあるだろうか。その場で俳句を書いて、その箱に投函するのだ。観光真っ只中で自分の感性に耳を澄まして五七五を紡ぎ、もしかしたら入賞するかもしれないと心躍らせながら投句する・・・予約も下調べもいらない、旅のハイライトだ。
城山の展望台にあったのは、「あなたの思い出のうたをこのポストに」と(もちろん手書きで)書かれた木製の投句箱。しかも「俳句 和歌ポスト」。両方OKである。
ところで、「アニマシオン」という言葉がある。フランス語やスペイン語で「活性化」というような意味で、美術やスポーツの鑑賞、読書などを、何かしらの工夫を通してより深く楽しむことをそう呼ぶ。(日本では主に読書教育で、ゲームをしながら内容理解を深める手法を指す。)私は、旅先でこうやって俳句を作ってみることは一種のアニマシオンだとつくづく思う。その地で見聞きしたもの、感じたことを、整理して研ぎ澄ます作業が必要とされるからだ。「おいしいね」「きれいだね」と言い合うのも楽しいけれど、やっぱり何かアクティビティがあるほうが、旅は濃くなる。
投句箱についている用紙で応募。煙、新緑、維新・・・テーマを考えて友達とはしゃぎながら詠んでみる。風流にはほど遠いけれど、一興には違いない。
濃さ。これこそがわざわざ旅に出る醍醐味のひとつなのかも、と思い至る。市内ではずっと明治維新と西郷隆盛のことを考えた。桜島では、火山の成り立ちと溶岩について話し、ググった。別に、特に好きなわけではない。ただそうやって、普段の思考でたとえば「GINZA」が占めている部分を、あっさりと無関係のものに明け渡す。「今ここに来ている」ということを、十二分に味わうために。それがリフレッシュということなのか、とも思う。
さて、桜島産の甘夏を甲突川沿いの緑道で食べようとなった。しかし私たちは無計画な上に方向音痴。鹿児島駅から歩くも河辺には行き着かず、結局、偶然たどり着いた公園で腰を下ろすことに。小学生がサッカーに励んでいるのを眺めながら甘夏の硬い皮を一生懸命剥いたら、みずみずしい香りが飛び出した。
藤の季節。薩摩藩主・島津家の別邸として作られた仙嚴園にて。
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Motoko Kuroki
GINZAではビューティを担当。旅行中はほぼノーメイクで、とにかくこまめに日焼け止めを塗り直す!