『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)などで知られるインディペンデント映画の巨匠ジム・ジャームッシュ。彼が独自のユーモアと優しい眼差しで何気ない日常の出来事を丁寧に描いた『パターソン』(16)の後に手がけたのは、まさかのゾンビ・コメディだ。舞台は、アメリカの田舎町にある警察署。他愛のない住人のトラブルの対応に日々追われていた平和ボケな巡査たちが、町にあふれかえるゾンビをぶった切ることになる。クスクス笑っていると、あ、これ下向いてスマホばかり観ている私なのでは?というゾンビやら、お酒好きゾンビ、コーヒー好きゾンビらが続々登場。バカバカしいのに、物質主義に偏った消費社会への社会風刺も効いている。まさに今の時代に語りかける本格ゾンビ映画を生み出したジャームッシュ監督に話を聞いた。
『デッド・ドント・ダイ』ジム・ジャームッシュ監督インタビュー「おバカなエンターテイメントだし、警告でもある」

──今作はある種悲しみも含んだブラック・コメディですが、制作過程もジャームッシュ監督自身がとても楽しんでいるように思いました。たとえば登場しているキャラクターの名前。保安官代理役のアダム・ドライバーは『パターソン』 に出演していたので、ピーターソンという名前ですし、ティルダ・スウィントンはゼルダ・ウィンストンという役名になってます。監督の好物の小ネタが随所に隠されていましたね。
ロージー・ペレスの役名が、ポージー・フアレスだったりね。名前で遊んでたんだよね(笑)。そういう面白いことはたくさんやったかな。ビル・マーレイと『ブロークン・フラワーズ』(05)を作った時、彼の役名はドン・ジョンストンだったんだけど、それはドラマ「特捜刑事マイアミ・バイス」(84-89)に出ていた俳優ドン・ジョンソンの名前を文字ってて。この映画ではビルが演じた役名は、俳優クリフ・ロバートソンの名前を拝借したんだよね。それから警官の名前は、ロバートソン、ピーターソン(アダム・ドライバー)、モリソン(クロエ・セヴィニー)と全部「ソン」つながりになっているんだ(爆笑)。
© 2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.
──ダジャレだったんですね(笑)。
細かいところだと、アダムが『スター・ウォーズ』のキーホルダーを持っているところもすごく気に入ってる。あれは実はアダムのアイディアで、彼が「『スター・ウォーズ』のキーホルダーを使うっていうのはどう?」って提案してくれたんだよね(笑)。だけど、『スター・ウォーズ』側の正式な使用許可が下りなくて。それでアダムに「使っちゃダメだと言われた」と伝えたら、「えっ?僕が連絡してみる」って誰かに連絡してくれて、それで結局使えることになったんだよ。恐らく、J.J.エイブラムスに電話してくれたんじゃないかと思うな(笑)。
──それは賢いですね。ジム・ジャームッシュに「ノー」と言える映画監督なんていないと思いますし。
でも『スター・ウォーズ』は超大作だから。それに比べたら、僕はあまり重要じゃない映画監督だからさ。
──今回、ジャームッシュ作品にゆかりのあるキャストが勢ぞろいしていますが、それぞれの魅力について聞かせてください。まずロバートソン保安官を演じた、ビル・マーレイから。
ビルは偉大なコメディアンとしてよく知られているけど、実際はニュアンスのある繊細な演技をすることができる、本当に優れた才能がある俳優だと思う。だから、僕は彼には敢えて微細な演技が必要とされる役を演じてもらうのが好きなんだ。それから彼は人間的に本当に本当に優しい心の持ち主。道を歩いていて、車のパーキングが上手くできなくて困っている人を見かけたら、後ろから来る車を止めて、その人がパーキングしやすいように助けてあげたりする(笑)。お年寄りが車から荷物を下ろそうとしていたら、駆け寄って手伝うし。どうしてそういう人になったのかわからないけど、本当に素晴らしい人だと思うよ。
© 2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.
──ティルダ・スウィントンも、謎多き葬儀屋から無双と化してクールに日本刀でゾンビを切り倒していましたね。
ティルダは、僕のいる世界のリーダーみたいな存在。ティルダが地球のリーダーだったらいいのにっていつも思ってる。彼女に言われるなら、僕は何だって従うね(笑)。本当に色々なことについて知っていて、知性的な人だから、科学から哲学、アート、歴史までどんな話題であっても、彼女と会話すると常に学ぶことがある。現場での集中力も素晴らしいし思いやりもすごくあって。そして、僕が彼女に役を書くのが好きなのは、お願いしたことなら何でもやってくれるから。ティルダは何に対しても心を開いていて、すごく冒険心があるんだと思う。
Frederick Elmes / Focus Features © 2019 Image Eleven Productions, Inc.
──スティーブ・ブシェミもどこか憎めない偏屈な白人至上主義者を演じています。
スティーブは70年代最後くらいに知り合った古くからの友人で、彼も本当に親切な人だよ。しかも、ものすごく面白い人。それから、そんな風には見えないかもしれないけど、エゴがとても小さくて、どこか仏教徒的な人だといつも思う(笑)。自分を自分として受け入れているというか。だから、スティーブのことは大好きだし、彼と仕事するのも大好き。彼も冒険心が強くて、たとえば『コン・エアー』(97)のように残酷な連続殺人魔にもなれるし、かと思えばすごくチャラくて面白くて優しい人にもなれるし、ほとんどバカみたいな人にもなれる。コーエン兄弟の映画『ビッグ・リボウスキ』(98)みたいにね。
Frederick Elmes / Focus Features © 2019 Image Eleven Productions, Inc.
──クロエ・セヴィニーは、『ブロークン・フラワーズ』、『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』(02)収録の「女優のブレイクタイム」以来のタッグですね。
クロエのことは長年知っているけど、何度も仕事したわけではなくて。でもいざ彼女と仕事するとなると、なぜかはわからないけど、ほとんど説明しなくても僕がやってほしいことをすぐに飲み込んでくれる。テレパシーでもあるんじゃないかと思うくらい、常に僕を理解してくれるんだよね。あまりその理由を深くは分析しないようにしているんだけど。それから彼女は、監督に細かく指示を求めるタイプの女優でもあって。準備もせずに現場に現れそうに見えるかもしれないけど、すごく精巧に事前調整してくるし、現場で集中して力を発揮するタイプの女優。だから彼女と仕事するのはすごく楽しいんだよね。
© 2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.
──本作の脚本は2017年に書かれたとのことですが、周囲への無意識、そして恐怖心から利己的になっていく意識が世界中に加速していたなかで、今起きている新型コロナウイルス感染症のパンデミックについてどう感じています?
そうだなあ。僕は、今はこのウイルスが世界中で広まっていることで、僕らは全員一緒なんだということに気づいてくれたらいいと思っていて。それから僕らが今直面する本当の恐怖として、たとえば、地球温暖化という地球上の脅威があるよね。ただ、今は若者が始めたアメリカの草の根運動「サンライズ・ムーブメント(Sunrise Movement)」やイギリスの環境保護団体「絶滅への反逆(XR, Extinction Rebellion)」などがあるし、若者たちはそういう危機をしっかりと認識しているように思う。グレタ・トゥーンベリも僕にとってのヒーローなんだけど、彼女は恐れていないし、今何が起きているのかを認識してるよね。もちろんそれは彼女が未来に起きることを恐れているからなわけだけど、彼女は科学を学ぶことが一番重要であることを知ってる。
──本編を観おわったあとに、グレタさんのことを思い出しました。
彼女が言っていることは、この映画のメッセージにも通じるところがあって。拒否は受け入れられない、という考え方もね。事実や証拠から逃げることはできるけど、それが現実を変えることはないから。だから、若者たちが牽引するムーブメントには敬意しかないし、インスパイアされる。彼らの世代に投げ捨てられた問題に、立ち上がって向き合っているわけだから。そういう若者がいるから、僕は未来に対して希望を持っているんだ。でもあなたが言ったように、僕らが直面している恐怖感のせいで、人々が利己的になっているという事実は否めない。実際、今だって、ネガティブなことが目に見えて起こってる。たとえばアメリカでも、みんながトイレットペーパーを買いだめしていて、人とわかち合おうとしない。でも、今回のことを通してそういう態度が変わればいいと思うんだ。僕らはここで気づく必要がある。全員がお互いに助け合わなくてはいけないということに。
──本作はバカバカしいほど小ネタの詰まったブラック・コメディでありますが、ある種、監督から世界への警告でもあるんでしょうか?
そうだね。この作品はコメディであり、おバカな内容があって、エンターテイニングでもあり、笑えるものでありながらも、その中で警告を描いたつもりではある。ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(68)もそういう作品だったしね。ラストに、最後まで戦った黒人刑事が殺される。彼は本当は生き残りなのに、警察が彼をゾンビだと勘違いしてしまう。あの映画もジョークでは終わらずに、ある種の警告で幕を閉じる。それ以外に何を答えればいいかわからないな(笑)。観た人の中には、今回の僕の映画を統合失調症的だと言う人もいるらしいし、こういう映画にメッセージは必要ないと思う人もいるみたいだね。世の中には、エンターテイメント映画だけが観たいという人もいるようだから。だけど、これが僕らが作った映画で、僕らが言いたかったことだから、観た人が楽しんでくれて、笑える箇所を見つけてくれたら嬉しいけどね。シャルドネ・ゾンビから、『スター・ウォーズ』まで随所にジョークがあるから。だけど、同時に警告もしたかった。僕からこの映画について語るのは難しいんだよ。映画を作った本人は、初めて観た人のようにはこの映画を絶対に観れないから。映画を観ることの美というのは、劇場に入った瞬間に、知らなかったような場所に自分を連れて行ってくれることだと思う。だけどこの映画は僕が書いて、僕が撮影して、僕がキャストして、編集室に毎日いたし、何千回も観た。だからどうやってこの映画を観ればいいのか、もうわからないんだ(笑)。どの映画監督も、観客に観てもらいたい方法で自分の映画を観る能力ってないと思うよ。
──最後に、監督が最近観たなかでマスターピースとして挙げられる作品があれば教えてください。
えっと、僕の映画の観方ってすごくバラバラで。最近観たのは、60年代のシドニー・ルメットの『ショーン・コネリー/盗聴作戦』(71)とか、ジェイムス・メイソンとハリー・アンドリュースの『恐怖との遭遇』(67)も素晴らしかったね。でも僕は「The Criterion Channel」(*名作映画を配信するストリーミングサービス)に入っていて、毎日1本は映画を観るようにしていて。だから傑作はたくさんあるよ。たとえばこれからまた観ようと思っているのが、アンドレイ・タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』(71)で、僕が大好きな映画だし、間違いなく傑作。僕が傑作だと思う作品を全部挙げろと言われたら、たぶん答えるのに1ヵ月はかかると思うよ。たぶん、何千本もあるから。だから今ここで全部答えるのはすごく難しい(笑)」
原題: THE DEAD DON’T DIE
出演: ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、スティーヴ・ブシェミ、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、イギー・ポップ、セレーナ・ゴメス、 トム・ウェイツ
監督・脚本: ジム・ジャームッシュ(『パターソン』 『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』)
提供: バップ、ロングライド
配給: ロングライド
2019年/スウェーデン、アメリカ/英語/104分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/
©️2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.
2020年6月5日(金)公開予定
https://longride.jp/the-dead-dont-die/
🗣️
Jim Jarmush
1953年1月22日、アメリカ、オハイオ州アクロン生まれ、ニューヨーク在住。インディペンデント映画界において唯一無二の存在として世界中の映画ファンを魅了し続けている。ニューヨーク大学大学院の卒業制作として発表した『パーマネント・バケーション』(80)で注目され、2作目となる『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)では、カンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞し、世界的に脚光を浴びる。『ブロークン・フラワーズ』(05)ではカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した。『パターソン』(16)、『ギミー・デンジャー』(16)以来の脚本・監督作『デッド・ドント・ダイ』は、第72回カンヌ国際映画祭のオープニング作品として初披露され、話題を呼んだ。