凛としてたおやか──。墨色のボトルから広がる芳しき世界に一瞬で引き込まれる。ブランド初にしてシグネチャーとなる香水とキャンドルである。およそ3年もの歳月をかけて生み出した道のりを黒河内真衣子さんにたずねた。「目は冷たいのに身体は暖かい」。黒河内さんが原風景を表す言葉をアロマに昇華するまでの物語。
〈Mame Kurogouchi〉初の香水ができるまで。
記憶のカケラを凝縮、長野の雪景色を表現
森の息吹を感じたことで輪郭が明確に
「宝物のような時間でした」香りがクリエイションされるまでの軌跡を黒河内さんは慈しんでいた。デザイナーの柳原照弘さんが立ち上げた見えない空間を可視化するブランド〈ライケン〉との協業で〈マメ クロゴウチ〉にとっても香水は初の試み。柳原さんとのなにげない会話がきっかけでプロジェクトが動き始めたそう。
「ここに至るまで長い月日が流れたので、もう、記憶もおぼろげなのですが…。2020年頃にオンラインで別件の打ち合わせをしていて、そこで柳原さんから香りにまつわる新ブランドを構想中であることを教わったんです。さらには『マメちゃんも作ってみる?』とお声がけいただいて。私達の仕事はいつもなにかの話の延長で決まるパターンが多く、今回も例に漏れず、思いがけずスタートしました」
苔や香草、樹液といった大地にまつわる要素でフレグランスを創る〈ライケン〉。調合するのが香りのアーティスト・和泉侃さんであった。黒河内さんは柳原さんとともにアトリエのある淡路島へ向かう。
「山へイブキやミカンの原種であるなるとオレンジ、湧水を見に行きました。その道中ではみんなで深呼吸をして森のにおいを取り込んで、感じとったアロマについても語り合ったり。そんな他愛もないやりとりから表現したい風景が鮮明になりました」
幼少期より胸を弾ませたいつもの冬のひととき
豊かな森の恵みを五感で堪能した黒河内さんの脳裏に、どんな絵が描かれたのだろうか?
「生まれ育った長野の雪景色です。目の前に広がる草木は冬の間、清らかなベールに覆われて、訪れる春を待ちわびている。雪下の植物の様子を空想してみると、においや気配にますますエネルギーを感じました。また、私の故郷では一面が真っ白になります。窓の外は白銀で気温も低い。でも、部屋には暖房や暖炉が焚かれている。目に映る景色は冷たいのに身体は暖かい、対極の感覚が同時に押し寄せてくる瞬間が大好きで。山中でインスピレーションが湧いたそばから和泉さんに詳細をお伝えしたものです」
淡路島で〈マメ クロゴウチ〉としてのコンセプトは固まった。いよいよ香りの設計が始まる。
「創造するフレグランスは〈マメ クロゴウチ ベーシックス〉のラインナップで展開しようと決めました。なぜなら、服や季節ごとに変えるのではなく、身体に寄り添うものであってほしいから。また、私自身もシチュエーションを問わず同じ香りを愛用し続けており、そんなふうにまとう方の人生に寄り添い、彩る存在になりたくて。イメージの共有のためにヴィジュアルブックや生地のスワッチを和泉さんにお渡ししました」
頭の中にある光景を香りで表現するためのコミュニケーションはさらに続く。
「とってもロマンティックな工程で、楽しかったです。私は雪景色にまつわるエピソードや写真なども提供しました。それらをふまえた香りで返してくださる。まるで文をやりとりしているようで、サンプルを受け取るのが待ち遠しかった。香りのクリエイションのために風景を思い出す。それは自分の小さな記憶を掘り起こしていく作業でもあったので、不思議でしたね」
Photo:Kaho Okazaki, Yuichiro Noda(awajishima), Kitao Wataru(product) Text:Mako Matsuoka