凛としてたおやか──。墨色のボトルから広がる芳しき世界に一瞬で引き込まれる。ブランド初にしてシグネチャーとなる香水とキャンドルである。およそ3年もの歳月をかけて生み出した道のりを和泉侃さんにたずねた。幻のフジバカマのブレンドを試み、唯一無二のフレグランスを確立させた舞台裏に迫る。
〈Mame Kurogouchi〉唯一無二のフレグランス。
アーティスト・和泉侃が奏でる豊かな香り

巨大な船に乗ったことで未知の世界へとたどり着く
淡路島を拠点に香りを創造する和泉侃さん。植物の生産、収集、蒸留などの原料製造から調香やボトリングまでを一貫して行う。
「〈ライケン〉×〈マメ クロゴウチ〉という大きな船での航海は新しい景色が広がっていました」
と、振り返る。聞けば今回のプロジェクトで書いた処方の数は少なくとも40〜50種。サンプルとして提出したのは10パターンを超えたそう。
「僕の制作スタイルではリサーチ期間を長くとっています。依頼してくださった方の言葉に耳を傾け、どんな香りを求めているかなどコミュニケーションを重ねます。そうすると輪郭が浮き彫りになる。そのため調香へ進む頃にはどのような香料を使うか絞れているケースがほとんどでした。しかし、今回はまったく違いましたね」
白黒がつかないからこそ惹きつけられた

そもそも、和泉さんがフレグランスの世界へ飛び込んだのは18歳だった。幼い頃から囲まれていたわけでもなく体育会系からの転身である。
「大学生の頃に、匂いでいろいろな記憶が蘇った瞬間があり、香りに興味を抱いていたことに気づきました。それまで身を置いていたスポーツの世界では勝敗がすべて。プロセスも結果が伴わないと意味がない。でも、フレグランスは自分の引き出しから導き出したものが正解となる。しかも科学的根拠を持って個性や感覚を肯定してもらえる。自由さに魅了されました」
独学でクリエイションを始め、19歳で空間の香りをデザインする企業に所属。ホテルやショップを彩る香りを手がけてきた。その後、アーティストとして独立。26歳を迎えた頃に京都・室町の帯匠「誉田屋源兵衛」のプロジェクトでお香を手がけるため、産地の淡路島へ通ううちに移住する。
「紡いできた香りの文化とともに、日本の北限と南限の両方の植物が栽培できる地でもある。フレグランスを制作するうえで理想的な環境だったんです」