映画や舞台、音楽のフィールドで活躍する女性6人の、どうしても手放せないものとは?大切なモノと「私」をつなぐストーリーを聞きました。
女優・江口のりこの「捨てられない物語」。大好きな先輩から買ってもらった、思い出の下駄

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もう会えない、大好きだった先輩に買ってもらった杉の下駄
神代杉でできた下駄に、手描きの赤いもみじがポツン。群馬県伊香保の伝統工芸品〝杉下駄〟を挙げてくれたのは、女優の江口のりこさん。2018年に逝去した劇団の先輩・角替和枝さんから贈られたそうだ。それは20年ほど前、旅番組に出演する角替さんのロケに、新人劇団員の江口さんが付き人として同行した時のこと。
「取材途中で立ち寄った伊香保温泉の下駄屋さんで〝好きなの選びな〟と買ってもらいました。〝うん。アンタは黄色が合うよ〟と言ってくれて、ホッとしたのを覚えてます」
江口さんにとって大先輩で同性でもある角替さんは、「めちゃくちゃおおらかでめちゃくちゃ繊細」な女性。どう接していいかわからなくて自分からはほとんど話しかけることができなかった。
「和枝さんと仲良く話せる劇団員をうらやましく思ったこともあるし、無愛想な態度しかとれない自分のことを可愛くない後輩だろうなと思ったりもしました。〝オメエは役に立たねえなぁ〟って苦笑いしながら何回も言われましたし。それでも私が演出家にボロカスに怒られた時は必ず、エヘヘッと笑いながら慰めに来てくれた。イジワルで優しい先輩でした」
今も芝居の稽古をしていて、「ああ、和枝さんは難しいことを何でもないことのようにやってたんだ」と気づかされることがある。あんなふうにはなかなかできないな、凄い俳優だったんだな、と。もう会えない先輩との思い出の品を、江口さんは箱に入れてクローゼットに保管している。
「ほとんどはかないままですが、先日2年ぶりぐらいに箱を開けてドッと涙が出ました。飾るのではなく、そっとしまっておいて、忘れたころにまた見たい大切な下駄です」
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江口のりこ
女優。デビュー映画『桃源郷の人々』やドラマ『時効警察』シリーズ、小劇場から大舞台の芝居まで、幅広い分野で個性を発揮。多くの監督に愛されている。