クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。25歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.9 目に見えないあなた
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.10 強くなる意味

vol.10 強くなる意味
歌とわたしの在り方が、変わってきていると感じていた。
より物事が見えはじめた、というニュアンスの方が近いのかもしれない。
いずれにせよ、まだ霧の中にあるそれを無理に言葉にしたり、
急いで取り出す必要はないと感じていた。
然るべきタイミングでそれは自然に語られ、わたしは語りながら発見し、
そんな自分をもう一人の自分が驚きを持って見つめている。
そんな世界と自分との構図を、すんなりとイメージすることができた。
想像ができれば、あとは待つだけ。
それが現実になるまで、生きてみることだ。
わたしはそう自分に言い聞かせながら、日々の大半を読書に費やし、あとの時間を、新木場のインテリア用品店CASICAで買って来たサボテンに水をやったり、ベッドに寝転んでクロールのフォームをチェックしたり、ミッドナイト・ゴスペルを観たりして過ごした。
ふと彼女のことが思い浮かんだ。
頻繁に会う訳ではないけれど、折に触れて連絡を取り合う仲だ。
真面目な話ができないのも辛いけど、真面目な話しかできないのも、待ち惚けしているような虚しさ。
彼女とわたしはその辺の波長が絶妙に合っているようだった。
ランチの約束を取り付け、12種類の野菜を盛り合わせたボリュームサラダをオーダーし、会話に適したスピードで食べ進める。
プレートに残ってしまった赤レンズ豆の類いを、上手くフォークに乗せることができずに困っていると、彼女が言った。
「近くに幼馴染みがいるみたいなんだけど、良ければ3人でお茶しない?」
わたしはその後の予定をゆっくりと頭の中で反芻し、「行く」と素早く伝えた。
彼女の幼馴染みに会ったのはいつが最後だろう?
それが6年前だという事実に辿り着いた時、心底驚かずにはいられなかった。
「もう一度、出会い直すみたい。」
そう思ってしまった後で、わたしは自分が静かに緊張していくのが分かった。
返事をしてしまった後で、心細くなってしまうこの性分は、いつになったらマシになるのだろうと小さく息を吐く。
だけど待ち合わせ場所の本屋で、「久しぶり」と笑う彼女を見た瞬間、張り詰めていた心がスッと解けていった。
再会を喜び、カフェに移動する間にも話は弾み、空白をわたし達のペースで満たしていく。
喋り疲れた喉をアイスコーヒーで潤していると、彼女が深く息を吸ったので、なんとなくわたしも姿勢を正して耳を傾けた。
それは彼女が抱えていることについてだった。
弱い立場に置かれた人が理不尽に傷付けられている。なんとか状況を変えたくて行動したけれど、それが本当の解決になったかどうかも分からない。自分ができることの少なさに悲しくなる。
それを補うように、今度は幼馴染の彼女が話始めた。
前に海を散歩していたら、少し遠くの浜辺に人がいた。
犬と遊んでいる、と思ったら、何かが違う。目を細め、よく見てみると、犬が蹴られている。
彼女は焦る気持ちを抑え、情報を整理する。
● 自分は今女一人で浜辺にいる。
● 相手は複数の男性。力では適わない。
● 通報してもその証拠がなければ、物事は迅速に処理されないかもしれない。
● もしその犬が保護されなかった場合、通報がさらなる暴力を生んでしまう恐れ。
考えた末に、彼女は警察に通報することを選んだ。
「その行いが本当に正しかったのか自信が持てない。」
彼女は肩を落としていた。
わたしは二人の話を聞き終え、彼女達の顔を交互に見た。
友達になれて良かった。そう思った。
そして、考えがまとまらないうちに、話はじめた。
「例えば同じことを、マザー・テレサやガンジーがしたとする。それはたちまち大きなニュースになって、その出来事だけではなく、その周辺で起こっている、似たような問題まで解決してしまうかもしれない。」
「マザー・テレサやガンジーは、少なくないパワーを持っていて、自分の思う正義に基づいて、それを他の人たちの為に使っていたんだと思う。」
「だけど大抵の場合、そんなものは持ち合わせていない。だから、状況を変えたい時、勇気を身体中から掻き集めて、無理をする覚悟を決める。自分にできる、そのさらに少し上のことを行うことに意味があると思う。」
「その結果に満足できなかったり、誰かをもっと何かから守りたい、と望むなら、自分が強くなるしかない。身体を鍛える人もいれば、より多くの知識を求める人もいる。強くなる方法は自分で選べる。」
「でも、マザー・テレサやガンジーと自分を比べる必要はない気がする。」
「起こした行動で世界にもたらされる結果の大小は、確かにある。だけど、一人の人間としての起源。誰かの力になりたい、という思いは等しく同じもので、それは天秤に乗せられるべき事柄じゃないとわたしは思う。」
彼女たちに伝えているようで、その全てをわたしはわたしに向かって言っているらしかった。
何かに優れている人、何かを突き詰めている人。魅力的な人は本当にたくさんいて、だけど良いな、と思える人には、中々巡り会えない。きっとわたしがまだ世界を知らないだけだろう。
そしてわたしはハッとする。
「じゃあわたしは?あなたはどうなの?」
「本気で歌を届けようとしている?」
「いつも一番はじめに誰かではなく、自分自身を疑えている?」
マザー・テレサやガンジーを引き合いに出すのもおこがましい。身の程知らずのお門違いといったところだろう。
だけど、巡ってきたこの境遇を、少なくない人に支えられているこの舞台を、かつてのわたしと同じ目付きをした、誰か。
何かに疲れてしまった、あなた。
あなたの手を握り返す場所にできたらいいのに、と思う。
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家入 レオ
16thシングル『未完成』(フジテレビ系月9ドラマ『絶対零度〜未然犯罪潜入捜査〜』主題歌)のginzamagでのインタビュー:
家入レオ、愛と憎しみの区別がつかなくなった「未完成」。
leo-ieiri.com
@leoieiri