M そして『風立ちぬ』の制作に入るわけですが、大滝さんには最初から5曲依頼されていたんですか?
W いや。まずはシングルの『風立ちぬ』をお願いして。少しずつ他の曲も完成していきました。でも大滝さんのレコーディングスタイルは独特で今までとやり方が違ったので、当初聖子も戸惑ってしまい。
M というと?
W 通常は簡単なアレンジを入れたデモテープが用意されているのですが、大滝さんの場合は何もなくて。スタジオでいきなり大滝さんがピアノを弾き始めて、それに合わせて聖子がその場で歌いながらメロディを覚えていくんです。ただ、途中で曲がどんどん変わっていくし、聖子が間違うと、「それもいいねぇ」と言いながら変えていく。なので、聖子も最初は混乱してね。でも次のレコーディングでは切り替えて、笑顔で歌い始めて。
M それはきっとアーティスト対アーティストの作り方だったんでしょうね。聖子さんの音域や声の響きを考えながら作るから、時間がかかるというよりは、時間をかけて贅沢に作られた楽曲だったんですね。
W はい。聖子のすごいところは、そういうときもパッと切り替えて明るく順応できてしまうところ。そのときも、笑顔で歌いながら一瞬ちらりと私を見るので、私も「がんばれ!」と目で合図を送ったりしてね。
M 特に思い出深い曲はありますか?
W 2曲目の『ガラスの入江』ですね。複雑なメロディなんだけれど、それを大滝さんのピアノに合わせて聖子が自分のものにしていったのは見事でした。あとは『一千一秒物語』も名曲。こちらは、大サビの8小節の録音に長く時間がかかってしまい。メトロノームのカチカチという音に合わせて歌うんですが、少しでもズレるとやりなおし。しかもメトロノームがだんだん遅くなってくるから、また手で巻いて(笑)。
M 一千一秒だけにメトロノーム!本当にそうやって手作業で音を重ねて録っていたんですね。しかも何度も繰り返しているのに♪ 一千一秒、離さないでね~と歌っている聖子さんの力強い歌声は、今でも鳥肌が立つほどです。
ちなみに聖子さんは最近40周年記念アルバムを発売されましたが、その中で、『いちご畑でつかまえて』と大滝さんの『FUN×4』が合体した秘蔵音源『いちご畑でFUN×4』を収録されて。オフィシャルコメントでも、大滝さんに当時のことをすごく感謝されていました。
W アーティストやミュージシャンのみなさんが本気を出して松田聖子に対峙してくださったことは、本当に大きな財産ですから。
M 『いちご畑でつかまえて』にしても、あんなふうに歌える人は世界にただ一人ですよね。大滝さんも聖子さんの才能に驚いたから、のめりこんでレコーディングされたのでは?
W そう思います。普通の歌手だと楽譜通りに歌って、つまらなくなりますから。聖子は、どんなに音楽的に優れた人よりも、一瞬で直感的に答えにたどり着いてしまうんです。
M ちょうど『風立ちぬ』を歌っていたころ、歌番組で一緒になった薬師丸ひろ子さんが聖子さんのファンだと生放送で公言されたことがありました。アルバムも聴いていると。
W それも画期的ですね。当時アイドルは他のアイドルを好きだとか言えなかったと思いますよ。それよりまず自分が頑張れと事務所に言われちゃうからね。薬師丸さんは人気もあったし、映画関係の事務所だったから伸び伸び育てられたのかなぁ。いずれにしても、うれしいですね。
M その頃からでしたよね、女性からの人気が高まって。続きは後編で。さらなる『風立ちぬ』研究を若松さんとしていきます!
*参考文献
平凡Special1985 僕らの80年代