世界遺産も含め、新旧の名建築ぞろいの上野公園。中でもとびきりのひとつが、上野動物園横にあるこの美術館。熟練の巨匠が織り上げた、見るほどに心に染みる空間です。
熟練の巨匠が織り上げた、見るほどに心に染みる空間「東京都美術館」:東京ケンチク物語 vol.40
東京都美術館
TOKYO METROPOLITAN ART MUSEUM
鬱蒼とした緑が覆う上野公園を歩く。ふと赤茶色のタイルが敷かれた遊歩道(エスプラナード)の落ち着きに誘われてそちらの方へ。彫刻作品の置かれた気持ちのいい広場、脇にはやはりタイル貼りの建物。公園との境目を感じさせない優雅な動線を経てたどり着くそこはもう「東京都美術館」の敷地の真ん中だ。1975年完成のこちら、設計は前川國男。近代建築の生みの親=ル・コルビュジエの下に学び、20世紀の日本の建築界を牽引した一人だ。以前にこの連載でも紹介した「前川國男自邸」が初期のきらめきを表す作品ならば、上野の緑に溶け込む「東京都美術館」は、各地で研鑽を積んだ晩年期の熟練を感じさせる作品のひとつだ。
設計当時、通常の美術館の企画・常設展示の機能に加えて、公募展の開催、文化活動事業の展開という役割も課されたこの建物。敷地に対して相当な床面積が求められるうえ、上野公園内では建物の高さも厳しく制限されている……。そこで生み出されたのが、大部分の空間を地下に納めて地上を広場として残し、企画・常設展示棟、公募展示棟、交流(文化活動)棟と中央棟という、機能の異なる4つの建物で広場を取り囲むように配置するプランだ。広場から階段を下った先がエントランスで、この地階ですべての建物がつながる。求められた機能はすべてクリアして相互も途切れなくつなぎ、さらに公園との一体感も失わない。見事としか言いようのない計画に感嘆してしまう。
各所に使われる素材やディテールは、そんな隙のないプランをさらに磨き上げる。建物の大枠をなす素材は、前川建築のシグネチャーともいえる「打ち込みタイル」(タイルを上から貼るのではなく、コンクリートと一緒に固めるために剝がれづらくなる、前川独自の工法)の壁面、酸化で強度を増すコールテン鋼の柱など、経年変化に耐えうる強さを重視しているのがわかる。その一方で、各公募棟の休憩室の壁面や、イスの座面などに展開するカラフルな色には遊び心を感じるし、丸く角をとった階段の手すりや、握りやすい鉄製のドアの取っ手といったディテールには前川が人々へ向けた優しい視線も潜む。大きな視点で空間をつくる。建築家の仕事とはこういうことなのだと、今も静かに説き続ける秀作だ。