本とお酒が大好きなレイオス、35歳(♂)。90年代に流行ったもの、言葉、事象をモチーフにした連載です。
〜1990 僕はその頃10代で 〜 vol.2「ポケベル憧憬」 文・レイオス

骨が折れている。
しかもチコツ。恥ずかしい骨と書いて恥骨。なぜ、こんな漢字にしたんだ恥骨。おかげで、陰でチコツくんと呼ばれる始末。説明し飽きたので、骨折の経緯は省かせていただくが、自分がそんなところを折ることになるとは夢にも思わなかった。でも折れちゃう人生、それが人生、残念な人生、そんな僕の人生。恥骨を折らない人生を過ごしている奴らが恨めしい。チクショウめ。
と、ここまで心うらぶれているのは、痛くて動けないからなのです。この二週間ほとんど寝たきりデリバリーピザライフを送っているうちに、性格まで折れ曲がった成れの果て。それに拍車をかけるように、僕にはもうひとつ厄介な持病がある。それは、もしかしたら重病なんじゃないか病。これはとても面倒な病で、例えば風邪をひいて、しばらく咳が続くと、もしかしたら肺炎なんじゃないか、とか、ものもらいがなかなか治らないと、もしかして網膜剥離なんじゃないか、といった具合に不安の底なし沼に沈んでいってしまう。
そんな鬱々としたベッドの中でむくむくと湧き上がってきたのが買い物欲である。何かが欲しい。買いたくて買いたくてたまらない。しかも買いたくても買えなかった、思い残し臭が沁み付いた物がいい。何かないだろうか?僕は記憶の地べたに這いつくばって、嗅ぎ回る。
あった。ありました。鼻がもげそうな位に思い残し臭ベッタリ。
「みんな持っててさ、持ってないの俺だけ。一生のお願い。バイト代で払うから」
でも駄目だった。持ってないから送るだけ。それがポケベル。広末がタコの滑り台から滑ってくるCMのやつ。ルールルカジヒデキ(*1)。
ああ、欲しい。「テルシテ」(*2)とか送りたい。「オフロハイルカラマッテ」とか胸ポケットでブルって欲しいし、台所の電話の前で鳴るのをテレクラばりに待ちわびたい。
「いや鳴らんし」僕は我にかえる。
わかってます。家電話ないし。ただ弱ってるだけなんです。鳴らないポケベルはただの箱だ。未練タラタラすぎて、スマホに変えるまでずっと携帯メールはポケベル入力でした。甘酸っぱい青春の残滓、そんなボンタンアメを求めて、ベッドでネットの海を大航海。そうして行き着いた先は、乃木坂46。さんざんYouTube見まくった挙げ句、弱った心にピッタリ嵌まっちまいました。
ポケベルが鳴らなくて(*3)、からの乃木坂。これぞ康の思うつぼ。
〈前略。母さん、僕はポケベルを買ってもらえなかったばっかりに、30なかばで乃木坂46にわかファンです。人生何があるかわからないものですね。 チコツ〉
注釈
*1「ルールルカジヒデキ」広末涼子さんがポケベルのCM内で口ずさんでいたルールルというメロディは、カジヒデキさんの「マスカット」という曲。
*2「テルシテ」電話して、4 4 9 3 3 2 4 4。。
*3「ポケベルが鳴らなくて」緒形拳さん主演のドラマ名であり、同名の主題歌を国武万里さんが歌っている。ドラマの企画者、曲の作詞者、共に秋元康さん。
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レイオス
1982年生まれ。さすらいのシングルファザー。雅号はチコツ。