散策を楽しむ人々で賑わう商店街のすぐそばに立つ、昭和初期完成の一軒家。時代を率いた芸術家が自邸とアトリエとして使ったその建物は、彼のセンスの結晶です。
時代を率いた芸術家が設計した自邸兼アトリエ「台東区立朝倉彫塑館」
東京ケンチク物語 vol.51
台東区立朝倉彫塑館
ASAKURA MUSEUM OF SCULPTURE, TAITO
![時代を率いた芸術家が設計した自邸兼アトリエ「台東区立朝倉彫塑館」](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fapi.ginzamag.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2024%2F01%2Fkenchiku-51.jpg&w=3840&q=75)
昔ながらの商店と、若い世代が営む個性豊かな新店が混在する街並みが、国内外から大人気の谷中エリア。とりわけ混み合う“谷中ぎんざ”から道を一本それる。喧騒が遠ざかって現れる静かなお屋敷街の中に「朝倉彫塑館」は建つ。1883(明治16)年生まれで、明治から昭和にかけて活躍した彫塑家・朝倉文夫が自邸兼アトリエとした場所だ。朝倉が、芸術を修めた東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)にもほど近いここに土地を求めたのは、まだ20代の1907年のこと。以降、アーティストとして着々と地歩を固める傍らで敷地の拡張や増改築を繰り返し、1935年に現在のかたちで完成したという。入り口側から見える、真っ黒い幾何学的な立体を組み合わせたような建物はアトリエ棟。建築全体はこの鉄筋コンクリート造のアトリエ棟の背後に、コの字型をした木造の住居棟がくっついたユニークなつくりだ。
代表作のひとつ、早稲田大学に設置される「大隈重信像」を例に挙げるまでもなく、公共空間に置かれる大作を手がけることも多かった朝倉。それだけにアトリエは、3層分が吹き抜けになった天井高8.5mの伸びやかな空間だ。銅像は自然光の中で見られることが多いからと、優雅な曲線を描く天井や三方の窓から光をたっぷりと取り込んでいて、拭き漆で仕上げた寄木張りの床が奥ゆかしく光る。アトリエ棟にはほかに、天井まで届く本棚を作りつけた書斎や、贅沢な素材を惜しげもなく使って設えた「朝陽の間」などが置かれ、一方の住居棟には、より親密でプライベートな空気感の漂う本格的な数寄屋造の和室が続く。構造の違う2つの棟が共存する構成や、それぞれの部屋の設えはもちろん独創的だが、ロの字で建つ2棟の中央部、ほぼすべての部屋から見える中庭もまた、建築をひとつにまとめ上げる重要な役割を担う。大部分が池でたっぷりと水を湛えたこの中庭は、季節によって表情を変える木々や巨岩が配されて趣深い。自然を眺めながら日々を過ごすことに芸術の真髄を見た、朝倉の眼差しを追体験できる。建築から中庭のディテールに至るまで自身が設計し、職人たちの手を借りながら実現した一軒。それ自体が壮大な作品のような建築だ。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto