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シンデレラストーリーなんて幻想だ
G's view on『プリシラ』
ソフィア・コッポラは、作品を通じ、ガールフッドの息苦しさや恐れ、とっ散らかった内面に寄り添ってきた。そして、男性中心の社会で、若く美しい存在がどんな視線を受け、どのように理想化されてきたのか。女性たちがいかに簡単にとらわれ、自らをも閉じ込めてしまう可能性や危険性があるのか。少女が大人になることを受け入れる成長と、個性として自らの少女性とともに生きるという選択を、唯一無二のセンスと柔らかさと鋭さをもって映し出す監督である。
そんな彼女の最新作は、エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラ・プレスリーによる回想録『私のエルヴィス』を自ら脚色し映画化したもの。1950〜60年代、多くのファンを熱狂させ、失神させていたロックスター、エルヴィス。当時、14歳の少女だったプリシラは、24歳のエルヴィスと出会い、恋をする。エルヴィスという世界に招き入れられた彼女は、身につけるもの、ヘアメイク、行動までも変わっていく。もちろん、スーパースターとの恋愛は誰もが経験することではない。だがソフィアは好きな相手を喜ばせたいがために自分を犠牲にするプリシラに、観る者の10代の「私」を投影させ、つなげる。離婚しても、もうこの世にはいないエルヴィスの「妻」として呼ばれ続けるプリシラの視点に近づき、彼女側から見える景色を、セリフに頼ることなく、ファッションや音楽、舞台美術といった二人がまとうディテールで語るのだ。
彼女のノスタルジックな映像美は、シンデレラストーリーはまやかしにすぎないということを見せつける。エルヴィスという夢を見た少女プリシラは、結婚し、母となり、現実の中で傷つき、孤独感を募らせて、自分のために生きることを選ぶ成熟した個体となっていく。アイドルとして消費されたエルヴィスは間違いなく不憫だが、物語を追いながら完全にプリシラの自立への道を見守り、応援している自分がいた。
エルヴィス像を汚したくない保守的な著作権利元は、ソフィアからの楽曲使用リクエストを拒否。そのため本作で彼の楽曲は一曲も使われていない。それが功を奏し、プリシラの人生をプリシラだけのものとしていると感じさせる。ちなみに、バズ・ラーマンが監督した『エルヴィス』(22)の製作費は約8500万ドル(約129億円)。これに対し、『プリシラ』は約2000万ドル(約30億円)。ハリウッドの大きな男女格差が、エルヴィスとプリシラの関係の、圧倒的な不平等さを悲しくも象徴している。(小川知子)
Text_Tomoko Ogawa