東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。
江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO Vol.3』

終電を逃してしまった。
改札の前まで来たものの終電はとっくになかった。新宿駅の周りにはいつだって無限に存在するんじゃないかと思えるほどタクシーが行ったり来たりしているが、飲み代からのタクシー代はちょっと辛い。歩けないこともないだろうと、僕は意を決して自宅がある吉祥寺までの道のりを歩く事に決めた。
改札から一番近い階段を上がり、歌舞伎町の方へ向かった。ここから歩いて2時間はかかるしとりあえずビールでも買って飲みつつ行くかとコンビニに寄り、缶ビールを買った。
靖国通りの向こうにはこんな時間なのにたくさんの人が出入りするドンキホーテがある。コンビニ袋からビールを取り出し一口飲んだところで信号が変わり、渡ろうとした時に突然肩を叩かれた。
「先輩!何やってんすか?」
振り返ると会社の部下のMさんがこちらと同じく缶ビール片手に立っていた。見るからに酔っ払った姿の彼女に対して愚問だと思ったがこんな時間に一人で何をしているのか尋ねると友達と飲んで解散した後に財布が無い事に気付き、交番に行った後に駅に向かってみると終電を逃してしまったとのことだった。
「ビールはこれで!」
とカバンから自慢げにsuicaを取り出して僕に見せた。思わぬ同志の登場にタクシーで送ってあげたいところだったが図らずも目的地が同じ方向だったのでどうせならと一緒に歩いて帰る事になった。なんてったって明日は土曜で僕たちの会社は休みだ。
Mさんとは昼休憩で少しは喋った事もあったが大した話をした事はなかったが、酔っ払った勢いでああだこうだと上司の悪口を言いながらのんびり青梅街道を歩いてるうちに僕たちはすぐ打ち解けた。
「先輩、明日の予定は?」
何もない。正確には昼過ぎまで寝て、洗濯機を回してコンビニ弁当でも食べながら録り溜めたドラマを消化するだけのやってもやらなくてもさほど生活に支障の無いかつ至高の一日を過ごす予定だった。
「あたしも!どうせお互いなんも無いんだし、今からヒッチハイクでもして海いきましょ!江ノ島!」
財布もないのに自信だけは満々のMさんは唐突に青梅街道に向かって親指を立てて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。こんな時間にスーツ姿で缶ビール片手の酔っ払いを乗せてくれる車なんているわけない。が、Mさんが無邪気にヒッチハイクしているのを見て僕も一緒に親指を立ててみた。
海なんてしばらく行ってなかったし、興味もなかったはずがヒッチハイクごっこをしてるうちにだんだん僕も海に行きたくなってきた。とはいえ僕らを海まで運んでくれる車は今ここにはない。それでもしばらく続けるうちにどうにも気持ちが高まってしまった僕はこのまま帰って寝て起きたら一緒に江ノ島まで行こうとなんとなくMさんを誘った。
「それはデートって事ですか?」
と真顔でMさんが言うので深く考えてなかった僕は急に恥ずかしくなってしまい、いやぁまぁなんて曖昧になって目も合わせられなくなってしまった。
「もちろん先輩となら海でも、なんなら山だってどこだっていいですよ」
少し恥ずかしそうな笑顔で返事するMさんが少しずつ朝日に染まっていくのを見て、僕は横断歩道の白線をぴょんぴょん飛び跳ねて渡った。
江本祐介
Yusuke Emoto
1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。7インチレコード『願いに星を』発売中。emotoyusuke.com