「コスパだタイパだと効率偏重の世の中。ソローキン作品はその対極にあるもののひとつ。たとえば今年新装復刊された『ロマン』は、800ページを超えるメガノベル。農村ののどかな生活と習慣、政治や未来に関する人々のディスカッションなどが、ツルゲーネフやチェーホフもかくやと思わせる重厚な文体で描かれます。さながら19世紀ロシア文学の精髄を集めた見本市といった雰囲気。ところが、物語が残り3分の1に差しかかったところで、世界は一変。主人公である画家志望の青年、ロマンが恋人のタチヤーナと結ばれる婚姻の場面以降、ソローキンはそのすべてを容赦なく破壊していくのです。短文で畳みかけるように繰り出される、殺戮、スカトロ、カニバリズム、死体陵辱の波状攻撃。なぜこうなる……!リミッターが解除されたソローキンの小説世界に、思わず虚空に向かって叫びたくなる異様な傑作です。ソローキンの大胆な手法にのけぞることができるのは、この超長編を最初から読み通した読者のみ。ちょっと麻痺したような喜びの前には、タイパなんていう概念は瞬時に霞んでしまうのです。
過激な描写は苦手という方には、最新作の『吹雪』を。主人公は、医師のプラトン。猛吹雪のなか、パン運びのセキコフが運転する車(動力はヤマウズラ以下のサイズの小さな馬50頭!)でエピデミックに巻き込まれた町へと向かうのですが、この主人公がまったくもってどうかしています。人々を救うという使命感に燃えていたはずなのに、吹雪の中を避難した粉屋では、その主人の妻との情事に及んで寝過ごしたり、おかしな麻薬を試したり。無学だけれど心優しきセキコフの良識ある振る舞いに比して、あまりにもみっともなくて滑稽なその姿、嚙み合わない2人の会話が笑いを生んで、コミックノベルとしても秀逸。吹雪、エピデミック、麻薬などの隠喩を考えるのも愉しいし、小人に巨人、巨大な馬、ホログラムを映し出すラジオなどが次々に登場するヘンテコ世界に浸るのも堪らない。舞台は、氷と雪に覆われた極寒の地。猛暑のさなかに読むのにぴったりな作品でもあります」