音楽は寒い日のコートのようなものかもしれない。包み込むように暖かく、 心を満たす歌声やサウンド。注目アーティストがそれぞれの物語を、冬の新作とともにお届けする。
注目アーティストがまとう、冬の新作。idomとボアコート編
予想すらしていない
ゼロからの出発
オーバーサイズのボアコートを肩に羽織って、忙しなく車が行き交う東京の街に一人佇む。絶妙なニュアンスカラーが、端正なルックスによく似合う。
「ファッションは昔から興味があって。芸術系の学校に通っていた高校時代にデザインコンペに作品を出したこともあります。このボリュームに細味のスーツを合わせるバランスがかっこいいですよね」とイドムさん。
大学ではUXデザインを学び、本来なら今ごろイタリアで就職し仕事をしていたはずだったが、コロナ自粛ですべてが変わった。渡伊を断念し、落ち込んでいたときに、音楽をやっていた友人の提案で試しに一晩で作ってみた曲(「neoki」20年4月)が瞬く間に拡散。初のトラックメイクからほぼ1年後には、数曲がCMソングに起用されるほどに。TikTokのCM(「Freedom」21年11月)やフジテレビのドラマ主題歌(「GLOW」22年8月)で彼を知った人も多いだろう。
「最初は友だちに聴かせるつもりが知らぬ間にフォロワー数が増えていって、『むっちゃいいですね』とかリアクションをもらえたんです。プロダクトデザインでも反応は意識して作っていましたが、音楽はネットに上げてその場で返ってくるのが新鮮でした」
曲づくりはもちろん、ヴォーカルやラップ、英語もすべて独学。もともと音楽は好きで、母親の影響で「子守唄はバックストリート・ボーイズ(笑)。家ではずっと90sのUSポップスが流れていて、自分でも洋楽ばっかり聴いてました」と話す。衝撃を受けた1曲は、小学3年生のときに近所の年上の友だちの家でゲームをしていて耳に飛び込んできたニーヨの「ビコーズ・オブ・ユー」。
「オープニング曲に使われていて『なんやこれ、誰!?』ってなって。英語の勉強の名目で買ってもらった自分専用のパソコンで調べて、そこからどっぷり音楽にハマりました」
制作自体は経験値ゼロからのスタートだったので、必然的に最初はトラップをメインに。
「楽譜も読めず、楽器も弾けない、コード進行のうんぬんも当然わからない。DTMで打ち込む作業ならできたので、初めはビートだけしっかり作ってループするトラップのスタイルから。それならラップをのせないとつまらないので、今度は書いて歌ってみて。ヴォーカルも、喉のどこの位置で鳴らすべきか、どのくらいの低さや高さがいいのかと、細かい違いを自分の耳だけを信じてワンセンテンスごとに試すので、すべての曲でものすごいテイク数を重ねています。本当にモックアップ(模型)を何百パターンも用意するのと同じ感覚で曲づくりしていますね」
すべて宅録、大学卒業後もそのまま暮らしている岡山の家には大がかりなセットや防音などのスタジオ機能はなく「小さい机の上に最低限のスピーカーとオーディオインターフェイスとマイクだけ」を置いて、レコーディングまで行っている。9月にはついにデビューEP『GLOW』をリリース。1曲ごとにスタイルを変え、違う表情を見せる意欲作だ。
「楽曲ひとつひとつよりも、その過程までを含めたインタラクティブ性を提供していきたいんです。『次にどんな曲を出すのか』『この作品はどうやって生まれたのか』、そんなことを可視化できる仕掛けをちりばめられたら面白いですよね。だから、出す曲ごとに僕の持っている武器が変わるのが、一個のエンターテインメントになればいいなと考えています」
“一人のアーティストをデザインする”。イドムさんはそんな視点で、歩み始めた音楽世界に挑んでいるのだろう。 「日本のなかの、既存のルールには縛られないでいたい。ひとつのジャンルに固定せず、幅広い表現を届けていきたいです。そうすればゆくゆく『idomってこういうジャンルだよね』と固まったときに、過去の楽曲の振り幅も生きてくるのかなって。底が見えない、今はそんな存在でありたいです」
主役はヴィーガンレザーで仕上げたボアブルゾン。インにはクロップド丈のスペンサージャケットと細身のテーパードパンツを合わせた強弱の効いたスタイリングに。コート ¥258,500、スカーフ ¥11,000(共にサカイ)/中に着たジャケット ¥99,000、シャツ ¥38,500、パンツ ¥41,800(以上ジョン ローレンス サリバン)
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idom
>> 1998年生まれ、兵庫県生まれ岡山県在住。楽曲制作にヴォーカル、ラップ、映像やイラストも手がける新世代型マルチクリエイター。9月7日にメジャーデビューEP『GLOW』を発売。GINZAがモード誌初登場。