小さな料理 大きな味 58
冬の寒さをくぐって育ったにんじんは、ぐんと甘みが増す。
一度だけ、雪の下から引っこ抜いたばかりのにんじんを食べたことがあるのだが、あれは鮮烈な体験だった。黒土を雪で洗い落とした一本に皮ごと齧りつくと、こりっと軽快な音が弾けて口いっぱいに強烈な甘さが充満した。
これがにんじんの正体だ、と思った。
嚙んでも嚙んでも湧いてくる層の厚い味。あのとき、〝甘い〟としか形容できなかったのがくやしかった。野菜にたいする既成概念ががらりと塗り替わった忘れられない瞬間として忘れがたい。
インドには、とてもポピュラーなにんじんのデザートがあると教えてくれたのはデリー出身のインド女性だった。もう三十年くらい前、彼女が開くインド料理教室に通って二年目くらいのとき。へえ、そんなデザートがあるのか、と驚いて、興味しんしんで習ったのだが、教わった通りにつくったのを試食して、またびっくりした。にんじん、牛乳、砂糖、バター、スパイス。身近な材料ばかりなのに、未知の味。なのに、すうっと舌に馴染んでほのかになつかしい。それもこれも全部含めてとても新鮮で……いまどきなら「脳がバグを起こす」とでも言うのだろうか。とにかく最高だった。
「ガージャル・ハルヴァ」という。ガージャルはにんじん、ハルヴァは〝練り上げてつくる〟お菓子につく言葉だ。その名前の通り、後半は火を弱め、ゆっくり、じっくり、にんじんの水気がなくなるまで木じゃくしで練るようにして仕上げる。バターの照りが全体を包んでとろりと艶をまとったら出来上がり。
そのとき習ったレシピとほぼ同じものを紹介します。「ほぼ」と書いたのは、砂糖の量が違うから。教わったレシピはもっと砂糖が多く、歯がじいんとなるくらい甘かったので、少し減らしてある。そののちインドを旅したとき、何度も「ガージャル・ハルヴァ」に出会ったが、ほかのインドのお菓子と同じようにやっぱりとても甘かった。
【材料】
にんじん200g 牛乳1 1/2カップ 砂糖大さじ3 バター大さじ1 1/2 レーズン大さじ3 アーモンド大さじ2 カルダモン、ナツメグ(いずれもパウダー)少々
【つくりかた】
①にんじんを長さ5〜6㎝のせん切りにする(あれば、おろし器で細切りにすると手早いし、よりおいしい)。
②厚手の鍋に牛乳を入れて温め、にんじんを加えて煮る。
③しんなりしたら砂糖を加え、混ぜながら中火で煮る。
④水分が半量以下になったらバターを加え、焦げつかないように注意しながらじっくり煮詰め、全体を練る。
⑤レーズン、砕いたアーモンド、スパイスを加え、全体がまとまったら火から下ろす。
温かくても、冷めてもおいしいんです。ぜひ、春を待つ時期、甘みの乗ったにんじんで試してほしい。ほかの季節より、ひと味深みが増しているはず。お菓子にも旬はある。