梅干しの種が好きです。まわりの果肉がなくなったあとの、硬い種。
丸はだかになった種なのに、口のなかに入れてしゃぶっていると、じわじわ味が染み出てくる。十分、十五分……三十分経っても、まだ。湧き出てくる味の先の先まで見届けたいと思うけれど、私の最長記録は小一時間くらい。まだいけそうだったが、ナゾの敗北感にやられて根負けした。
山登りのときだった。リュックサックのなかに大きなおにぎりを二個入れてきて、そのうちのひとつが丸ごとの一個の梅干し入り。昼ごはん休憩を終えてさあ歩き出そう、となったとき、とっさに種を口のなかに放り込んだ。
いやあ、楽しかった、面白かった。ころころ舌の上で転がしていると、ちゅるちゅると酸っぱい味が染み出てくる。出てきたツバもいっしょに飲み込むと、酸味と塩気をじかに取り込んで、エナジーチャージ。チューインガムともキャンディとも違うパワーをくれる。ともすると単調になりがちな山歩きが、ひと粒の種によって起伏に富むことに心を動かされた。
体力が奪われがちな真夏、酸っぱい梅干しに助けられる日がある。
夏場、私がよくつくるのは梅干しのパスタ。ペンネやフジッリなどのショートパスタ、讃岐うどん、そうめんを使うときもあるけれど、いちばんしっくりくるのは細めのスパゲッティ。しこしこツルツルの歯ごたえが、ガッツのある梅干しの酸味と一番合う気がする。これを食べていると、身体も脳もしゃきんと起きる。酸っぱさが疲労回復に繫がって、ぱちんとヤル気のスイッチが入るからわかりやすい。
私の工夫は、梅干しにレモン汁を少し足すこと。同じ酸味でも、別方向の酸っぱさが合わさると厚みのある風味になる。また、梅干しだけでも塩味は十分だけれど、塩もほんの少しだけパラパラ足してみる。すると、さらに味の厚みが増す。小さなことだけれど、ひと皿の料理の妙味を底上げするオマジナイ。
笑っちゃうくらい簡単なんです。
【材料】(2人分)
梅干し(大)2個
レモン汁小さじ1
オリーブオイル大さじ1 1/2
塩、こしょう少々
ミントの葉20枚
スパゲッティ約160g
【つくり方】
①梅干しの果肉を削ぎ落とし、種ごとボウルに入れてオリーブオイルを加え、よく混ぜる。
②レモン汁、塩、こしょうを加えて、さらに混ぜる。
③ゆでたパスタを入れてよくからめ、皿に盛る。
④ミントの葉を散らす。
しゃきーん!アタマが冴え冴えする、おとなのための酸っぱいパスタ。最初はぜひ、このレシピのままつくってみてください。二度めは、パルミジャーノをたっぷりかけて。チーズのこくが加わるとアラ不思議、酸味がうまみに転じ、また別のおいしさが広がる。
種がひと粒、お皿に残っています。もちろん口に含んで、しばらく転がして。
疲れ気味のとき、この梅干しのパスタを食べると覚醒する。