突然終焉が訪れたりすることもある時期だけれど、それは今の自分に飽きないための終わりであり、常に新鮮な気持ちを持ち続けるために、全ては必然的な出来事だと思って。自ら切るにしても、他から切られるにしても。
敷かれたレールの上では、オリジナルが埋もれるし、同調的な共感は冴えを鈍らせる。
世間の模範に沿って楽をしたことも時にはあったかもしれないが、これを機に、そういう共存の形は自分には向いていなことを再認識して。
もしも、連続性が断ち切られるようなことが起きたら、水瓶座の本来の姿勢を呼び覚ます“知らせ”だと思って。恋も生き方も。