最近、ちょっと興味深いことがありました。
ここ数年、義実家とご無沙汰していたのですが、姑が危篤、そのまま、他界という展開に。取るものもとりあえず、駆けつけたのですが、水の中に落とされた油のように、まったく馴染まないまま、葬儀が終わりました。
帰宅後、ふと気が向き、自分のブログで「姑」と検索してみたら、だいぶやられていて、昔の自分に同情しました。歩み寄っているつもりが、ツボを外して逆鱗に触れる感じです。
過去の悔しさがよみがえって、気を鎮めるのに少し苦労したのですが、同時に、いろいろあったのに喉元過ぎると忘れている己のタフさに呆れました。
なんでしょうね、この忘却力! 結婚をして義理の家族になったけれど、本当に接点がなさすぎて、優先順位が下がりきっていたということなのでしょう。私は変なところで常識人なので、家族としての役割は果たしますが、それに意味があるのかはさっぱりわからない。結婚って、厄介ですね。