ファッションの力を使って、世の中をよりよくする。花沢菊香さんは、ニューヨークを拠点にそんな活動をするNPO法人〈FASHION GIRLS FOR HUMANITY〉のファウンダーのひとり。新型コロナウイルスの感染が拡大し、医療用防護服の不足が深刻化すると、いち早くその作り方を世界に向けて発信した。いま、ファッションにできることとは。
いま世界で一番必要な服「医療用防護服」を作る。投資家、慈善事業家・花沢菊香インタビュー
── FASHION GIRLS FOR HUMANITY(FGFH)とは、どのような団体ですか?
2011年の東日本大震災をきっかけに立ち上げたNPOです。それ以来、ニューヨークを襲ったハリケーン「サンディ」、フィリピンの台風、ネパールの地震など、自然災害が起こるたびにニューヨークのファッション業界から集まって、ファッションを通して義援金を集めるのがメインの活動でした。今回の新型コロナウイルスでは、特に医療分野でファッションにできることがないかと、3月末頃から活動を始めました。
── これまでは、主にファンドレイジングの活動をされていてFGFHとしてなにかを作ったのは初めてでしたか?
そうですね。日本の震災のときに、衣料を送ってもほとんどが被災地に届かないとわかったんです。サイズの問題もあるし、やっぱり医療、水、食糧のプライオリティが高いんですよね。それであればデザイナーの服を送るよりも、それは欲しい人に売って、そのお金を日本に届けようというアイディアになったんです。それからは有名人に会えるとか、モデルにキャットウォークのレッスンを受けられるとか、経験やサービスを売ることによって義援金を集めて必要とする人に送ったり、誰かに依頼して建物を作ってもらったり、そういう活動をしてきました。
2011年、FGFHがニューヨークで開催したチャリティサンプルセール。利益の100%が、東日本大震災復興支援のために寄付された。
今回は、医療施設などで使用するPPE(Personal Protective Equipment=個人用防護具)がとにかく足りないとわかり、なかでも防護服は型紙がないと作れないから、それはファッションにできることだと思って、初めて防護服の生産と、世界中の人たちに作り方を伝える仕組みを作りました。
── とても迅速な活動だったのが印象的でした。企画から実行までには、どのようなステップがありましたか?
PPEが足りない理由は、アメリカの場合ほとんど中国やインドから輸入しているからです。いまは素材も簡単に手に入らない。そこで、作り方をオープンソースにすれば、生産機能をローカルに持っていくことができると考えました。最初は、防護服がどんなものかもわからないから、まずは見せてもらうことからスタートしました。でも、3月中旬の時点で、ニューヨークではPPEをロッカーに入れて鍵をかけて保管している病院が多く、簡単に手に入らない状況になっていたので、知り合いのドクターに頼んで一着持ってきてもらいました。それを解体して型紙を起こし、チュートリアル動画を作ってYouTubeにアップしたんですね。あとはFGFHのサイトでその型紙をダウンロードできるようにしました。最終型紙の作成は、〈OVERCOAT〉というブランドに協力してもらっています。それ以外には、どの病院でなにを必要としているかという情報を集めてウェブサイトで提供したり。一番ヒットが多かったのは、なかでも防護服の作り方だったんですね。これまでに140カ国以上からのアクセスがありました。
花沢さんが制作した、繰り返し使えるウォッシャブル防護服のサンプル。材料キットと併せて、この見本も購入可能。
FGFHのウェブサイトにて、防護服やマスク、キャップ、フェイスカバーなどの型紙を、無料でダウンロードできる。
── 世界のどんな国や地域からアクセスがあったか、可視化したマップも作成されていますよね。アクセス状況から、どんなことがわかりますか?
たとえば、イギリスやベルギーからのアクセスはすごく多いのですが、数だけではなくて、不足しているのは世界中なんですよね。必要なところに届いていないことがシリアスな問題だと、この地図からわかります。最初は病院からのアクセスが多かったんですが、地方の介護施設で集団感染が起きたときに、医療機関ではないのでPPEがほとんど行き届かず、そういう小さなコミュニティからの悲鳴も聞こえてきました。アメリカだと趣味でキルト作りをしている地方の人や、最近のクラフトブームの影響もあって若い世代でもミシンを持っている人が結構いて、一般の人たちがダウンロードをして作り、そういう地域の施設に提供しています。自宅のシャワーカーテン、ベッドシーツ、タイベックなど、身近にある素材を工夫して作ったという声も多く届いています。
FGFHへのアクセス状況が、リアルタイムでわかる。
── 医療用の防護服という専門的な物ですが、どんな点に苦労しましたか?
それぞれのコミュニティからフィードバックをもらいながら、手探りで作っていきました。たとえば、普段はYouTubeを見ないようなおばあさんたちも挑戦しているし、ちょっと複雑なパターンだとできないという人も出てきたので、点と線のようなできるだけ簡単なパターンにしました。また、アフリカからは、表記をインチではなくメトリック法にしてほしいという要望があったり、いまはインドからのアクセスが非常に多いので、ヒンドゥー語の対応を進めたり、試行錯誤しながら改良を重ねています。
アメリカのアイダホ州で地元の人によって作られたこの防護服は、医療施設〈Family Medicine Residency of Idaho〉に寄贈された。
── FGFHの今後の課題はなんですか?
型紙のダウンロードだけでなく、キットも用意しているんです。できあがった製品を買うと20ドルくらいなんですけど、キットなら5ドル程度。地方や各地域で保管しておいて、また必要性が出てきたらそのコミュニティで作っていく。それが、今後の最適な対策になると思っています。
キットには、袖口に付けるゴム、首や腰まわりを留めるリボンなど、防護服を作るためのパーツがセットされている。
YKKの方から、ジッパーだけではなくいろんなパーツがあるので、ぜひ協力したいという申し出がありました。企業のCSRとして考えてくださるのは、非常にありがたいですね。ほかの大きな素材メーカーさんには、小さなコミュニティに売る分を取っておいてほしいとお願いしました。いまはマスクの生産がものすごく増えていて、世界中のゴムが足りないんです。しかも値段がすごく高くなっているし、注文してもなかなか届かない。とにかく世界中でいろいろな物資が足りない状況です。アメリカでは、一部のお金持ちがプライベートジェットをチャーターして、中国で買い集めて特定の病院に寄付し、倉庫にしまい込んでいるところがあると聞きます。同じように、大企業が大量に買ってしまうと、誰かが高い値段を払うまでどこかの倉庫で眠ってしまう可能性が出てくると思うんですよね。でも、現実にはPPEが足りないために失われてしまう命が増えている状況です。これを救うためには、小さなコミュニティであっても買えるような、必要とするところにきちんと届くシステムを作って、提供していかなくてはいけないなと強く感じています。
── 自分のコミュニティを守りつつ、ほかの困っているところにも手を差し伸べられたら、収束に向かう可能性がより高まりますね。
作り方をダウンロードした人からも、家の中に閉じこもっているだけだったから、誰かのためになにかできることはセラピューティックだという声がありました。たとえば、病院や自治体が素材を支給するような仕組みができれば、それによって生きがいを見出す人たちが出てくる。作られたものを買うのではなく、そうやって協力し合うことは、コミュニティにとってもいいことなのかもしれないと思いました。いまは、それを手助けするテクノロジーがあります。今回のように、宣伝もせず140カ国以上に1ヶ月でリーチできたというのは、8年前にSARSが流行したときにはまだここまでできなかったと思うんですね。家に居なきゃいけないけど、テクノロジーによっていろんな人と繋がることには、大きな可能性がありますよね。
── FGFHのウェブサイトに、いくつかのファッションブランドの名前がありました。どういう関わり方をされているのでしょうか?
〈araks〉〈Sea New York〉〈Alice & Olivia〉といった、ウェブサイトにリストされているデザイナーは、マスクのデザインに協力をしてもらっています。FGFHでは、マスクを売ってその利益をPPEの寄付に当てるファンドレイジングも行っています。また、ラグジュアリーアイテムを扱うオンラインショップ「The RealReal」での販売も始めました。利益の100%がFGFH Gowns for Good Made in Americaに寄付され、防護服を必要とする地方の病院にニューヨークから届けるための輸送手段を提供しています。
花沢さんが代表を務めるアメリカのファッションブランド〈VPL〉のマスク。浴衣のぼろぎれを再利用して作られている。
── ヨーロッパでは、国や自治体からの要請が出て、PPEを生産しているメゾンがあります。アメリカのファッション業界では、どんな取り組みが特徴的ですか?
アメリカは、州によって法律が異なるので、こういったときに統制が取りづらいという問題も出てきていますが、医療従事者に製品を提供したり、マスクを生産したり、寄付をしたりと、各企業でさまざまな動きがあります。防護服の生産をしているブランドもありますが、ヨーロッパのメゾンと違い、アメリカでは国内に自社工場を持っていない企業が多いんです。素材も工場のあるアジアなどにあって、すぐに服を生産する環境がないブランドは多いのかもしれません。
── これまでの生産体制やサプライチェーンの見直しは、各産業で議論され始めていますよね。
それは、ファッション界でも大きく変わるような気がします。PPEを作っている会社の方が、このあと2年は不足した状態が続くだろうと話していました。彼らだけではまかえないけど、政府だけにも頼れないと感じているようでした。従来のグローバルなサプライチェーンはすぐに戻ってこないと思うので、そうするとローカルの力や、ファッション界の人たちが支えていかなくてはなりません。今後、もっと柔軟性のある生産システムがないと、またウイルスが戻ってきたときに対応できないですよね。
FGFHが生産したPPE。5月15日には、1000枚の防護服がニューヨークにある2つの病院へ届けられた。
── この活動を通して、これからファッションにできることや、ポテンシャルを感じることはありますか?
アメリカの人は、マスクをすることに強い抵抗感があったんですけど、デザインをして提示したら、すぐにその価値観が変わったんです。ファッションは、そうやって新たな価値を与えることができます。いま、新しい服のニーズには、大きなクエスチョンマークがついていますよね。これまで余剰在庫を抱えたまま、シーズンごとに新しいデザインを考えるだけでも良しとされてきた概念が、この新型コロナウイルスの影響で大きく変わると思います。いまどんな服が必要で、なにを作るべきなのか。そういった影響をデザインに反映して、ファッションで自分のコミュニティや社会を守ることに、いかに早く対応できるか。それでいてクリエイティブで、それでいて楽しませてくれるようなものが出てくることを期待しています。そういうファッションは生き残っていくだろうし、ファッションがもっと社会に貢献できる業界になるのではないかと思っています。
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花沢 菊香<br />
1970年、東京都生まれ。アメリカ在住の投資家、慈善事業家。株式会社VPL代表取締役。2011年に、NPO法人〈FASHION GIRLS FOR HUMANITY〉を立ち上げ、2014年にはフォーブス誌で「48人の慈善家」に選出される。コロンビア大学、Google×イェール大学院、HBSなどで講演も行っている。
Text & Edit: Satomi Yamada