梨園の名家に生まれ、3歳から歌舞伎道を歩む新鋭の役者だ。一方で大学にも通い、同世代の友達との時間やカラオケと映画鑑賞も楽しむ。さまざまな環境に身を置き、芸の糧にしていく。20歳を迎えた今、思うこと、これからを聞いてみた。#片岡千之助を解剖
歌舞伎役者・片岡千之助を解剖 vol.3|あるがままの姿で道を拓く、大人を目指す
息抜きのカラオケでは
思いっきりシャウト!
二足のワラジをはく日々で、幼なじみとのカラオケが楽しみだ。動画を繰り返し再生するB’zのセットリストを再現したこともあるそう。
「終盤に差しかかるにつれて、高音が出なくなっていましたね。そして喉はガラガラ。リフレッシュの一方で密かな目的があるんですよ。低い声が出せるようになりたくて。というのも、祖父が若い頃、高い声しか響かない時期があったようでして。立役を演じる上では声は低い方がいい。そのため、河原に向かって叫んで声を枯らしたそうです。そして、いまの仁左衛門さんがある。この時勢ではなかなか大声を出せないので、難しい曲を歌って低い声を培っています」
振る舞いのすべてが歌舞伎につながる。熱は冷めないのか?
「稽古が辛くて逃げ出したくなったことはありますよ。僕はリハーサルが苦手でして(笑)。本番じゃないと、ろくに声も出せないほどです。練習が苦しくても舞台に立つと、魅力にとりつかれる。刺激と学びをもらうために、劇場へも足を運びます。実は、これから知人が出演する『フリムンシスターズ』を観に行く予定(2020年12月時点)。いつか、同世代の表現者たちとジャンルを超えて創作をしたいな」
なかでも俳優の新田真剣佑さんと坂東龍汰さんとは兄弟に近い絆で結ばれているそう。「他愛もない話から、『本物とはどんなもの?』といったなかなか答えは出ないからこそ、熱くなるトピックスを語り合っていますね」
同世代の友人たち
19歳の誕生日に駆けつけてくれた坂東龍汰さんと新田真剣佑さんと3人でパシャり。彼らを軸に、年齢の近いクリエイターとの交流も育んでいる。コラボレーションする日が待ち遠しい。
世にあふれるものもみんな
光と陰を抱えて生きている
これまで歩んだ軌跡で、物事は常に表裏一体だと感じている。映画もそのはざまで揺れる人々を描いた作品を好んで鑑賞するそうだ。
「映画の『ジョーカー』に元気をもらいます。あの作品はこうであってほしいと願っていたのが、期待通りでした。平和的な世界にいる僕たちの視点だと、彼は陰の存在ですよね。でも、見方を変えれば彼がヒーローとして輝く環境もある。がんじがらめではなく、許容される社会であってほしいものです。常軌を逸した『セッション』のレッスンにも共感。赤よりも、高温の青い炎だなぁ。と思ったんです。僕は後者が好き」
千之助さんは狂気とは程遠い気がする。と、投げかけてみた。すると、予想外の反応が。
「ありますよ!って力を込めて言うことではないんですけれど(笑)。急にぷすーんってリミッターが外れる瞬間があります。たとえば、大事な友人の結婚式で皆が心から祝福している瞬間に、僕がウエディングケーキをぐしゃぐしゃにして凍りつかせたらどうなるんだろう?とか。幸福の絶頂なときほど、最悪なシナリオが浮かぶ。でも、まぁ頭の中で妄想するだけで、実行には移さないんですけどね。ダークな感情を芝居にどう還元するかも未知数ですし。あ、でも、唯一、役にできそうなのは『女殺油地獄』かも。また仁左衛門さんの話になりますけれど、祖父は20歳で演じた時に、笑いながら殺めていましたからね。若くしてその境地に達せるなんて、信じられないですよ」
うん、やっぱり、眩しい光だ。
あるがままの姿で
道を拓く、大人を目指す
幼い頃から歌舞伎界だけでなく、さまざまなフィールドで活躍する大人たちとの出会いがあった。なかでも、芸術家の故・田原桂一さんを敬愛する。
「素直、飾らない、人間らしい。そして、葛藤は表に出さない。それを学んだのは田原(桂一)さんからです。彼が、キャリアをスタートしたのは1970年代のパリでした。いろんな意味で、今よりも遥かに遠い地で、自分の力だけでゼロから積み上げる才能と行動力がすごいですよね。さまざまな方々と作品を作り上げるなかで、僕も早く自立せねば、と焦っていました。“のらりくらり”が信条なのに。打たれる球のすべてを完璧に打ち返そうとしていた。そんな折に、もしかしたら、田原さんも人知れず、内側では逡巡していたのかもしれないと、思い至りました。成人を迎えた今だからこそ、その偉大さが沁みます。僕が舞台に立てるのは、たくさんの方が支えてくださっているからこそ。環境に感謝しながら、歌舞伎を究めたい。型を守りつつ、新しい扉を開けていけるようになりたいです」
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片岡千之助
2000年生まれ。2004年、初代片岡千之助として歌舞伎座にて初舞台を踏む。2020年秋〈パシャ ドゥ カルティエ〉のアチーバー就任でも話題に。