ドラマ『コントが始まる』の丸の内OL役から、映画『ファーストラヴ』の殺人犯役まで、作品ごとに演技の幅を広げている女優・芳根京子さん。最新主演作『Arc アーク』は、『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督による、「永遠の若さ」をテーマに、静謐な映像美で綴られたSF映画です。芳根さんは、人類で初めて永遠の命を得て、30歳の姿のまま100年以上を生きていく主人公・リナの一生を繊細に演じています。「出演したことで、人生が豊かになった」と語る、大切な今作についてうかがいました。
映画『Arc アーク』芳根京子さんにインタビュー。人類初、永遠の命を得た女性を演じ「人生が、心が豊かになった」

──『Arc アーク』(以下、『Arc』)は、21世紀を代表するSF作家ケン・リュウの短編小説『円弧(アーク)』を映画化した作品です。近未来を舞台に、不老不死の世界がやって来るという物語をどう感じましたか?
「うーん、この世界観をどう実写化するのかな?」が、原作を読んでの最初の感想でした。原作を読んでそう思うことは多々あるけど、今回はさらに、脚本を読んでもまだ疑問が消えなくて。初めての体験でしたね。
たとえば、遺体を生きていた姿のまま保存する「プラスティネーション」という技術が出てくるんです。映画の中ではコンテンポラリーダンスのような振付で表現されているのですが、当初、脚本には細かく書かれていなかったので、一体どう見せるんだろうと予測もつかなかった。あと、最初の方に出てくる謎の緑色のハンバーガーも、どうやって作るんだろうと思いました(笑)。
──芳根さん演じる主人公リナは30歳の時、人類で最初に不老化処置を受けることを決意します。芳根さん自身は、もし不老化処置を受けられるとしたら、どうしますか?
年齢を重ねたらまた違ってくるかもしれないけど、今は受けたいとは思わないですね。なぜなら、年齢を重ねていく楽しみをなくしたくないので。30代の自分はどうなっているんだろうとか、40代の自分だったらどんな役ができるんだろうとか、想像することが好きなんです。外見の変化も止めてしまう不老化処置は、役者には不向きかもしれませんね。
──リナの外見は100歳を超えても全然変わりませんが、一方で、内面の変化や感情を繊細に表さないといけない役でした。
そこはもう、この作品をやるなら避けては通れないところなので、受けて立つという感じでした。ただ、やってやろうと思って計算したところは何一つなくて。それよりも、現場であふれ出る感情を大切にしたかったんです。特に前半は身体を使った表現が多く、ダンサーで振付師の三東瑠璃さんが指導してくださいました。これまでダンスの経験がなかったので、とにかく練習を重ねて。三東さんは感情を大切にした振付をしてくださる方で、出会えてよかったなと思っています。
劇中、寺島しのぶさん演じるエマがプラスティネーションをする場面があるのですが、そのパフォーマンスを拝見して震えました。リナはエマの後継者という設定なので、「自分もあそこまでいかないといけない。どうしよう」と心配になりました。でも最終的に、エマは近寄りがたい孤高の存在で、リナは周囲から親しまれている存在と考え、そのことが表現できればいいんだと思い至ったのですが、それまではもう必死でしたね。
──今おっしゃったプラスティネーションのシーンをはじめ、『Arc』は全編、これまで見たことのないような設定だったり、映画美術だったりが用意されていて面白く観たのですが、これを作り出した石川慶監督はどういう方ですか?
石川監督は私にとって、“頭の中を見てみたい人ランキング一位”ですね(笑)。何を考えているのか、わからないんですよね。雰囲気は柔らかいけど、「こういう作品を撮りたい」という考えはしっかり持たれていて、かと思えば、役者にお芝居のペースを委ねてくれもする。
本番前の段取りでは、まず「みなさんどういう演技プランを持ち寄りましたか?」と聞かれ、それをお見せすることから始まり、それから「どう調理していきましょうか?」と相談が始まる感じで。取材で石川監督とご一緒したとき、「『Arc』には僕のやりたかったことが詰まっている」とおっしゃっていたんですが、今思うと、やりたいことはちゃんと全部できたのかなと不安になるくらい、役者を信頼してくださっていました。だから、みんな石川監督のことを大好きになっちゃうんです。
──石川監督はポーランド国立映画大学で学び、その当時、同じ学校に通っていた撮影監督のピオトル・ニエミイスキとずっとコンビを組んでいます。だからか、『Arc』に映る日本の風景も役者さんたちも、普段私たちが見ているのとは違って見える気がしました。撮られる側としては、どう感じましたか?
ピオトルはお芝居を大切にしてくれるんですよね。石川監督も「ピオトルは役者が大好きなんだ」とおっしゃっていて、撮られていてすごく心地いいんです。普通、顔のすぐ近くにカメラがあると違和感でしかないのに、撮っているのがピオトルだと全然気にならない。特に映画の後半では、まるでドキュメンタリーのようにカメラが役者に迫ってくるんですけど、あれはピオトルだったからできたことだと思うんです。
──ここ一年で、芳根さんにはドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』のさっちゃん役や『コントが始まる』の奈津美役、『半径5メートル』の風未香役と、等身大の女性の表と裏をじっくり見せる役が続いています。そんな中で、リナは常識をはるかに超えていく設定の役でしたが、今、芳根さんの中にどういう存在として残っていますか?
リナがというよりも、この作品と出会えて、人生が、心が豊かになったなと思います。生きることと死ぬことについて、今までは頭でしか考えたことがなくて。でも『Arc』以降は「ああ、私って生きてる」って、実感する瞬間が増えましたね。この作品が、たくさんの方に届いてほしいです。
『Arc アーク』
『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督が、世界的SF作家ケン・リュウの短編小説『円弧(アーク)』を映画化。舞台はそう遠くない未来。17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)は、19歳で師となるエマ(寺島しのぶ)と出会い、彼女の下で「ボディワークス」を作るという仕事に就く。それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を在りし日の姿のまま保存できるように施術する仕事だった。エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、ついにストップエイジングによる“不老不死”を完成させる。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが……。
監督・編集: 石川慶
脚本: 石川慶、澤井香織
出演: 芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり/倍賞千恵子/風吹ジュン、小林薫
配給: ワーナー・ブラザース映画
2021年/日本/127分/スコープサイズ/5.1ch
6月25日(金)より全国ロードショー
©2021映画『Arc』製作委員会
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芳根京子
1997年生まれ、東京都出身。2013年、ドラマ『ラスト♡シンデレラ』で女優デビューし、翌年『物置のピアノ』で、映画初出演にして初主演。同年、NHK連続テレビ小説『花子とアン』に出演、16年にも『べっぴんさん』のヒロインを演じ、知名度は全国区に。その後、映画『累 -かさね-』、『散り椿』(18)での演技が評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近作に、『居眠り磐音』、『今日も嫌がらせ弁当』(19)、『記憶屋 あなたを忘れない』(20)、『ファーストラヴ』(21)など。公開待機作に『峠 最後のサムライ』(2022年公開予定)がある。
Photo: Kaori Ouchi Stylist: Daisuke Fujimoto (tas) Hair&Makeup: Izumi Omagari Text:Yuka Kimbara Edit: Milli Kawaguchi