クリエイターが描く理想とは?“ワードローブの部屋”にまつわる、夢のかたちを聞きました。
画家・佐藤 翠のクローゼット哲学「自分だけの表現の扉がひらけた」

大好きな洋服が詰まった空間を描いて
初めて自分だけの表現の扉がひらけた
2008年から「クローゼット」をひとつのテーマとして作品制作を続けている佐藤翠さん。
色とりどりのドレスがハンガーに1着ずつかけられ、バーにずらりとつり下がっている様子や、ハンドバッグや華奢なハイヒールが棚に整列する様子。それを時には2メートルを超える大型キャンバスに描いたシリーズは、見る者をまるで秘密の花園を覗くようなワクワクした気分にさせてくれる。
佐藤翠[Flower closet]2014 acrylic on canvas 194.5×259.0㎝
洋服の花柄などディテールを描きこんだ具象的なアプローチ。
photo by Kenji Takahashi ©Midori Sato Courtesy of Tomio Koyama Gallery / Koyama Art Projects
「大学時代に、作品のテーマをずっと模索していて、自分にしか描けない絵とは何だろうとずっと考えていました。実は幼い頃から洋服が大好きで、大学卒業後は大学院へ進むか、アパレルに就職するかで迷ったほどです。美大に通いながら、当時はまだあった〈キャシャレル〉のお店で販売員のアルバイトをしました。毎日、素敵な洋服が並んでいる様子をうっとり眺めながら、幸せな気分で働いていました。大学3年の時に交換留学でフランスのディジョンに行ったのですが、初めて学生寮で1人暮らしをしたんです。それまでは実家暮らしだったので、この時初めて自分の世界が確立したような気がしました。小さな部屋に小さなクローゼットがあり、それを色鉛筆で長い紙に描いたのが初めての[クローゼット]作品です。異国で自分に向き合うことで、あらためて絵を描いていきたいと強く思い、自分にとって大切な存在である〝洋服〟を使って自分にしかできない表現があるのではないかと思い始めました。帰国後、大学の卒業制作で初めて大きなキャンバスにクローゼットを描き、ようやく自分が描いていくテーマを見出しました」
確かにクローゼットをシリーズとして題材にする画家は、古今東西見渡してもおそらく佐藤さん1人ではないだろうか? 無類の洋服好きだとしても、なぜクローゼットだったのだろう?
「洋服がずらりと並んでいる風景なら、絵画的にアプローチできるな、という直感がありました。ドレスがつり下がっている縦のラインを刷毛で素早いタッチで描いたり、にじませたりして抽象に近づけることもできるし、洋服の中にある花柄など具象の部分をその上に乗せていくこともできる。洋服なら何をどう描いてもいいわけじゃなくて、絵画として成り立つかどうかと考えた時、クローゼットにたどり着いたのです」
同じシリーズの中でも、より具体的にドレスの模様まで描いているタイプや、ほとんど縦のラインだけが強調された抽象的な世界もあり、また左右の壁面や床も描いたウォークイン・クローゼットもある。
佐藤翠[Camellia closet II]2015 acrylic and oil on canvas 227.3×363.6㎝
洋服はほとんど縦のラインに抽象化され、白椿が床に敷き詰められたファンタジー。
photo by Ken Kato ©Midori Sato Courtesy of Tomio Koyama Gallery / Koyama Art Projects
「誰か特定の人のクローゼットではなく、自分だけのイマジネーションです。絵を見た人により幅広く受け取ってほしいので、クローゼットに見えなくてもいいし、ただ美しい色の連続のように見ていただいても構わないと、どんどん抽象性に突き進む時期もありました。カメリアの花をクローゼットの床に敷き詰めた作品では、非現実の世界をクローゼットの中に投影させたりもしています。4年前に1年間、ポーラ美術振興財団在外研修員としてパリに滞在したのですが、その時パリの街を歩き回って、洋服のブティックのショーウィンドウからすごく刺激をもらいました。それを写真に撮って絵にしたのですが、この時初めて実際に自分が見た光景を作品に描き、また少し具象に立ち戻ったりしています」
佐藤翠[Moon dress closet]2018 glitter, oil on canvas 146.2×114.0cm
2017年から1年間パリに滞在した際、街角で目にしたウィンドウディスプレイを題材にした作品。
photo by Kenji Takahashi ©Midori Sato Courtesy of Tomio Koyama Gallery / Koyama Art
佐藤さんご自身のクローゼットはどんな感じかと訊いてみると……。
「自分のクローゼットは理想にはほど遠いです。服がぎゅうぎゅうに詰め込まれているので、もう少しゆとりを持ってかけて、1着1着が呼吸できるようにしてあげたい。せめて服を色ごとに並べることだけは、今もやっているのですが。いつか、自分のお気に入りの服をたくさん収めた、ゆったりとしたクローゼット空間を手に入れて、それを心ゆくまで絵にするのが夢です」
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佐藤 翠
1984年愛知県生まれ。名古屋芸術大学美術学部絵画科洋画コース卒業、東京造形大学大学院修士課程修了。『VOCA展2013』大原美術館賞受賞。2021年7月28日から8月16日まで髙島屋日本橋店 美術画廊Xで個展開催。