巨匠フランソワ・オゾン監督の最新作『Summer of 85』。1985年の夏、フランスの港町で、シャイな高校生アレックスは、刹那的な生き方をしている青年ダヴィドに出会い、初めての恋に落ちる。しかしダヴィドの不慮の事故により、突如、永遠の別れが訪れ……。ひと夏の恋物語を通して、人と人が関わり合う上での普遍的なテーマが描かれています。
今作の見どころの一つは、フランスの若き新星二人の競演。アレックス役のフェリックス・ルフェーヴルは「リヴァー・フェニックスの雰囲気がある」と監督から絶賛され、主演に抜擢された期待株。ダヴィド役のバンジャマン・ヴォワザンは、待機作『Illusions perdues』(21)でグザヴィエ・ドラン、ジェラール・ドパルデューらとの共演を果たすなど、今後も注目作への出演が続く実力派です。二人に作品のこと、お互いのことについて聞きました。
映画『Summer of 85』フェリックス・ルフェーヴル&バンジャマン・ヴォワザンにインタビュー。ひと夏の運命の恋を演じて

──今作は16歳の高校生アレックスが経験する、18歳の青年ダヴィドとの初恋の物語です。劇中のセリフで、友達のケイトがアレックスに「あなたが愛してたのはダヴィドじゃない。自分が作り出した幻想よ」と話すように、好きな相手に幻想を抱くというのは、きっと誰にでも思い当たる経験なんじゃないかと思います。お二人は作品のテーマをどのように捉えていましたか?
フェリックス 今おっしゃったこととすごく近いです。人間って相手を理想化し、自分が作り出した相手の姿に恋をするというのはよくあること。特に初恋のときは、なおさらそうですよね。まだ傷ついたことがないからナイーヴで、おとぎ話のようにロマンチックに相手を理想化してしまうというか。この映画で僕らが観ているダヴィドも、本当の姿なのかどうかはわからないわけですよね。その答えを(フランソワ・)オゾン監督もあえて出していませんし。
バンジャマン 僕からするとテーマはシンプルに、初恋へのノスタルジーかな。一番美しい記憶として残っているものですから。
──アレックスは内気で、奔放なダヴィドに振り回されます。フェリックスさんはアレックスを演じる上で、受動的な役だからこその難しさは感じましたか?
フェリックス 普段の僕は、自分の思っていることを、人の目を気にせずはっきり言うタイプで、アレックスとは違って全然シャイじゃないんです。それに、僕とバンジャマンの関係性も、実際は対等な友達同士。でもアレックスを演じるときは、ダヴィドの前で目を伏せたりして、彼のはかなさ、弱さ、ナイーヴさを表現しました。普段とは違う面を演じることこそ、クリエイションです。だからこの役には難しさというより、役者としての醍醐味を感じましたね。
──アレックスは物語を通して成長し、徐々に気持ちを表現するようになっていきます。それに伴い、表情や態度にもどこか自信が出てきたような気がしたのですが、その変化は意識していましたか?
フェリックス 一番は、眼差しの変化を意識していました。最初はダヴィドから目をそらしていたのが、だんだん彼を見つめたり、ときににらんだりするようになり、別れのシーンではしっかりと目を合わせて話をします。あとは小さな声だったのが、大きな声で話すようになったり。背中が丸まっていたのが、胸を張るようになったり。そういう細かい部分で、アレックスが生き生きとし、ありのままの自分を受け入れていく過程を表しました。
──バンジャマンさんにお聞きしたいのですが、ダヴィドが登場するシーンは回想でありながら、ダヴィドが亡くなった後にアレックスが書き始める自伝小説の世界でもあると思います。つまり冒頭で挙げたケイトのセリフのように、どこかで「アレックスが作り出した理想のダヴィド」でいる必要もある。その点は意識していましたか?
バンジャマン 撮影中はとにかく、オゾン監督を信頼して演じるのみでした。衣装や髪型はすべて、監督自身がすっかり80’sらしく演出してくれましたし。あとは準備期間でいうと、僕の周りにもダヴィドみたいに、周りを惹きつけるタイプの男友達が結構いるので、意識的につるむようにしていました。彼らの仕草を観察して、自分を魅力的に見せるためのちょっとしたコツを学んだわけです。
──仕草といえば、ダヴィドが折りたたみ式のコームを、ナイフみたいにシャキッと開くのが印象的でした。好みの相手が現れるたびにその仕草を見せるので、まるで獲物に狙いを定める合図みたいに見えました(笑)。
バンジャマン 僕、ナイフの扱いがうまいんだよね(笑)。原作小説の中にもコームは登場するけれど、ダヴィドを象徴するアイテムとして演出したのはオゾン監督のアイデアです。僕自身はあまり気に留めず、普通にやっていました。
──あと印象に残っているのが、物語のキーとなる別れのシーンです。二人が口論になり、ダヴィドは「君の望みは僕を独占すること」と言って、一筋の涙を流しますよね。彼はそれまで飄々としていて、感情を見せなかっただけにハッとしたんですが、あの涙はシナリオに書かれていたことだったんでしょうか?
バンジャマン ……いや、僕の心がそこで反応したんです。
──即興だったんですね! フェリックスさんは、その涙を現場で見ていてどう思いましたか?
フェリックス そのときのことはよく覚えていて、「わぁ、すっごい俳優だなぁ」と(笑)。それに、バンジャマン自身の人間性もすごく感じました。ダヴィドみたいに謎めいていて、斜に構えた役を演じながら、彼自身の繊細な感受性もパッと出せる。「僕もこれからこういう風に演じていきたい」と思い、役者として栄養をもらいました。
──バンジャマンさん自身は、別れのシーンを振り返ってどうですか?
バンジャマン 僕は本来どちらかというと、脚本を読んで「こういう風に演ろう」と決めていく方です。でもフェリックスとの共演の中では、「僕の演技に、こういう風に応えてくれるんだ!」という驚きがあって。別れのシーンの涙もそうだけど、僕としては彼の演技に合わせるしかなかったんです。
フェリックス あの涙でアレックスとダヴィドの繋がりも深まって、だからこそ別れがまたより辛いものになる。とてもインパクトのある瞬間でした。
『Summer of 85』
セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックス。突然の嵐に見舞われ転覆した彼を救助したのは、18歳のダヴィド。二人は急速に惹かれ合い、友情を超えやがて恋愛感情で結ばれる。アレックスにとってはこれが初めての恋だった。互いに深く想い合う中、ダヴィドの提案で「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる二人。しかし、ダヴィドの不慮の事故によって恋焦がれた日々は突如終わりを迎える。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった──。
監督・脚本: フランソワ・オゾン
出演: フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メルヴィル・プポー
原作: エイダン・チェンバーズ『おれの墓で踊れ』(徳間書店)
音楽: ジャン=ブノワ・ダンケル
配給: フラッグ、クロックワークス
8月20日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開
©️ 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES
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Félix Lefebvre
1999年生まれ。今作のオーディションでフランソワ・オゾン監督に「彼こそアレックスだ」と言わしめ、主役に抜擢された期待の新星。人生を揺るがすほどの初恋に喜び悶え苦しむ純真な少年を、全身全霊で演じている。その演技が高く評価され、ダヴィド役のバンジャマンと共に、第46回セザール賞では有望若手男優賞にノミネート。その他出演作は、ドラマシリーズ『ル・シャレー 離された13人』(18/Netflix)、映画『スクールズ・アウト』(18)など。直近では、第74回カンヌ国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門で上映された、オドレイ・エストゥルゴ監督の『Suprêmes』に出演。
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Benjamin Voisin
1996年生まれ。名門・フランス国立高等演劇学校出身で、俳優だけでなく脚本家としても活動。当初アレックス役としてオーディションを受けるも、オゾンによってダヴィド役に抜擢される。劇中では人の心をかき乱すダヴィドを自然体で好演し、アレックス役のフェリックスと抜群のコンビネーションを披露。主な出演作に、『ホテル・ファデットへようこそ』(17)、『さすらいの人 オスカー・ワイルド』(18)など。今後の出演待機作に、グザヴィエ・ジャノリ監督の『Illusions perdues』(21)、アンドレ・テシネ監督の『Les pieds sur terre』(22)などがある。
Edit&Text: Milli Kawaguchi