もはや世界に誇るジャパニーズカルチャー。英語ではカートゥーンという名称とは別に“Anime”という呼称があるほど。一口にアニメといってもさまざまな技法があるが、新しい表現に挑むクリエイターもいる。日本で生まれたリソグラフ印刷を用いた通称”リソアニメ”を制作するオカヒロムさんもその一人。印刷と動画、そしてアナログとデジタルという対極するものを掛け合わせることで生まれるクリエイションとは?
デジタルとアナログを横断するクリエイター・Hiromu Oka リソグラフ印刷を使ったアニメーションって何?
愛媛で過ごした学生時代
農学から映像の世界へ
技術はすべて独学。リソグラフ印刷なるものを使ってアニメーションを作り上げる一風変わった作風のオカヒロムさん。名前を知らなくても、テレビ朝日『報道ステーション』のオープニングで流れているザラザラぶつぶつとした質感が特徴的な映像を作った人、と言えばピンとくるかもしれない。
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オカさんが映像表現に興味をもったのは、愛媛で農学を学んでいた大学生の頃。フィールドワークで訪れた土地を記録するために手に入れた一眼レフで映像や写真を撮り始め、クリエイティブの“ツール”として関心を抱くように。農学部の授業そっちのけで作品制作をしていたが、カメラの道は早々に断念する。「技術力の評価ではなくカメラを持つだけでちやほやされたり、良いものを撮るには優れた機材が必要だ、みたいな風潮があるように感じて。結論から言うと“何を撮るのか”を決める前に飽きてしまったんです」
ただ、動画はもっと追求してみたい。そこで、「作り手の努力が目に見える形で反映されやすい」という考えから、モーショングラフィックスに行き着いた。ただし、そのための技術を美大や専門学校で学ぶのではなく、大学4年生時に休学し、東京の制作会社に勤務することを選んだ。
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FUJI ROCK FESTIVAL 2022の公式GIFスタンプなどモーショングラフィックスの仕事も行っている。
デジタルだけどアナログ?
リソアニメの醍醐味は“ズレ”にある
オカさんには「オトピ」という別名義がある。VJとしてのネーミングで、出生地に由来があるとか。「愛媛県出身であるという理由だけで『岡THEポンジュース』と会社の先輩が命名したんです(笑)。それの頭文字を取ってOTP(オトピ)です」
リソグラフを用いたアニメーションという発想に至ったのは2019年。モーショングラフィックスの制作会社に勤めるなか、「映画祭に応募してみたい」という気持ちが芽生え、本業で培った技術をどのように“アニメーション”に変換させるかを模索し始めたのがきっかけだ。まだ誰もやっていない手法で、かつ自分が特別な感情を込めて作れるものはどのような表現なのか。そこで思いついたのが、幼少期から慣れ親しんでいた「プリントゴッコ」。調べていくうちにプリントゴッコは生産終了していることが判明したが、同じ会社(理想科学工業)が販売する「リソグラフ」に出合った。
リソグラフとは、デジタル孔版印刷(シルクスクリーン)の一種。版画に近い印刷方法を取り、学校で配布されるプリントやスーパーのチラシなどで用いられてきた歴史がある。オカさんの手法は、デジタル上でアニメーションをすべて作った上で、それらのコマをリソグラフ印刷を用いて一枚ずつ紙にプリントアウト。3色のみを使って紙に刷られたコマを再びデジタルスキャンした後、パソコン上でコマ送りをするといったものだ。「簡単に言ってしまうと、デジタルで制作したアニメをアナログに刷り直して作ったパラパラ漫画ですね」
アナログ工程を挟む意義は、物質的な質量を感じることができる”手触り”、そしてリソアニメの醍醐味はデジタルでは生まれない”味”だという。「デジタルはやっぱり整合性が高いんです。でもどんなに完璧に仕上がったデータでもアナログ化すると必ず“ズレ”が生じる。そこで予期しない発見が生まれることもあるんです。だからこそ、僕はこのズレを狙っていきたいな、と」
印刷する紙の種類でも大きく雰囲気が変わるそう。実際にリソアニメのコマが印刷されている現場を見学させてもらうと、1コマあたりの大きさは名刺程度でとても小さいことに気がつく。「グラフィックをどれくらいの大きさで印刷するかで、紙の繊維が映り込んだり、シルエットが変わったりと味わいが異なってくるんです」
オカさんが”ズレ”に惹かれるようになったのは、学生時代に見た1本のミュージックビデオがきっかけ。2000枚以上の手書き水彩画で製作されたブレイクボット(Breakbot)『Baby I’m Yours』のMVを見て、にじみやかすれ、アナログならではのカクカクした動きの人間味に魅力を感じたという。少年時代まで遡ると切り絵のようなキャラクターデザインが特徴的な米国のアニメ『サウスパーク』や、『らんま1/2』『うる星やつら』などのオープニングを手掛けた南家こうじ作品を好んでいたそうで、いずれの作品もパラパラ漫画を彷彿とさせるモーションに特徴があるアニメーションだ。
鑑賞者からは「懐かしく感じる」という感想をよくもらうとか。それはきっと作中に登場するモチーフがどれも極めてプライベートな記憶に紐づいていることもあるだろう。報道ステーションのオープニング作品には、両親の結婚30周年祝いとしてプレゼントしたハワイへの家族旅行でみた夕焼けのカラーや、オカさんが散歩中にみつけた公園の遊具などが登場する。「意識していたわけではないですが、僕の記憶の断片であるという側面を考えれば、ノスタルジックという反響は納得できる」
作中に登場する抽象的な曲線や図形も、自身の身近なものを基にストーリー設定を与えてから動作や色を付けていくそう。「動かすからには意味を持たせたいんです。静止画だけでは担保しきれないことをモーションによってより印象づけるのが動き(アニメーション)の使命だと思っています」
愛媛、東京、そして英国へ
キュレーションの先にあるものは
新しい表現に挑むオカさんだが、自身の肩書きは「キュレーター」が一番しっくりくるという。そこには独自の哲学があった。
「極論、現代の世の中には正真正銘オリジナルと呼べるようなものはないと思っているんです。先人たちが生み出してきたものを掛け合わせることでオリジナルのように見せているだけで、0から1を作っているわけではない。1→10を作っているだけなんですよね。僕の場合で言うと、いくら自分の創造力により表現しているつもりでも、アウトプットの方法はアドビのソフトウェアとリソグラフに乗っかっているだけ。リソアニメを作ることができるのは理想科学工業と、アドビの技術の賜物だと常々思っています。自分自身がリスペクトをしているモノ同士を組み合わせて新しいものを生み出すという意味ではキュレーションに近いな、と」
そんな考えを持つオカさんに、キュレーションをした作品を通して表現したいことは?と投げかけたところ「”表現”という仰々しい気持ちはないんです。僕は著名アーティストの方のようなキラキラとした経歴があるわけでもないし。でもきっとそういう人の方が世の中には圧倒的に多いと思うんですよね。だからこそ、社会人からアニメーションを作り始めた農学部出身の僕でも『ここまではやれたよ』ということを等身大で伝えていきたい」という言葉が返って来た。
制作過程で生まれる印刷紙は、メモとして再利用。
物事を俯瞰的に捉えて要点を見抜くオカさんだからこそ、手間のかかる手法を選択して、その結果、注目を集めているのだろう。「デジタル→アナログ→デジタルの流れはお金も時間も無駄ということは重々承知しているんですよ(笑)。面倒くさいとやっぱり敬遠されることも多いから、自分のアイデンティティを確保するには意外と穴場なんです」と冗談交じりに教えてくれた。
「例えば、僕が毎日全身緑色の服を着ているとします。最初は少し変わった人だなと思われるかもしれませんが、続けているといつの日か『緑代表』『緑といえば』というような象徴としてその個性は知られるようになると思うんです。クリエイティブにおけるプロフェッショナルにも同じことが言えて、自分を信じ抜けば評価されるタイミングはあるんじゃないでしょうか」
そうは言ってもやっぱり手間がかかるとわかっていると、着手する際には腰が重いですよねと問いかけたところ「結局好きなものしか続かないんですよね」とオカさん。
「純粋に、僕はリソグラフに愛情はあるんです。次はどんな色の組み合わせにしようか、どの紙を使おうかと考えている時はワクワクするし、刷り上がりを待っているあの時間が楽しみでしょうがない。好きだからやるという気持ちはいつまでも大事にしたいし、それがじんわりと見ている人に伝わればいいな」
9月からは単身ロンドンへ。海外からの制作依頼が増え、それ故に自身の語学力不足を痛感。モーショングラフィックスの会社を退社し、英語を身につけながら現地で活動することを決めた。愛媛、東京、そして30歳を目前にして海外移住。自身に足りないピースは何かを分析し、一つずつ着実に手に入れるオカさん。次はどんな”掛け合わせ”が生まれてくるのか、今から楽しみだ。
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オカヒロム
1993年愛媛県生まれ。 モーショングラフィックスの制作会社に勤めた後、現在はフリーとして活動。2022年9月より渡英。 Instagram: @otp_otopi
8月10日(水)発売のGINZA9月号は
『アニメを創る人たち』特集
興味がある人もない人もすぐに観たくなる
アニメーションクリエイターガイド!
ここ最近、ファッションブランドがアニメーションとコラボをするのは珍しくありません。また、素敵なMVやストップモーション映像の人気も。『マインド・ゲーム』『映像研には手を出すな!』や、今月に全米公開予定の『犬王』を手がけた湯浅政明監督の徹底分析、ほかにもアカデミー賞にノミネートされたアメリカ・ロードアイランド州を拠点とするTiny Inventionsへのインタビューなど、とにかくいろんな角度から152の名作を紹介しています。