俳優として、古典芸能のこれからを担う若き家元として。 稀有な表現力をもつ彼女が、軽やかに春をまとう。
藤間爽子。俳優として、古典芸能のこれからを担う若き家元として

視線をすっと動かした先に、青い蜃気楼が立ちのぼった。腕をはらりとあげた瞬間に、風が吹いて羽衣が見えた。噓みたいだけれど、撮影現場にいたスタッフみんなが本当にそう思ったのだ。
「人気や流行について意識することがあまりないんです。でもそこからイメージするのは“人を引きつける魅力”。舞台でいえば“こことは違う世界へといざなう力”なのかもしれません。私にはまだまだ足りないのですが」
と俳優の藤間爽子さんは言う。けれど、その活躍ぶりは誰の目にも明らかだ。今秋からはNHKの連続テレビ小説『ブギウギ』に出演し、取材時は狂言師の野村萬斎が演出と出演を務める舞台『ハムレット』の稽古まっただ中。役はヒロインのオフィーリアだ。
パンチングでかたどられた水玉模様の影が美しいセットアップ。今シーズンの特徴でもある、パールのネックレスの重ねづけが装いにアクセントを加える。アイコニックなパンプスは、黒と銀のバイカラーで。ブラウス*スカーフ付き ¥368,500、パンツ ¥398,200、ピアス ¥162,800、ネックレス 内 ¥555,500/外 ¥301,400、ベルト ¥290,400、シューズ ¥427,900*すべて予定価格(以上シャネル)
シルク製のメッシュ生地に、立体的な花の刺繡が施されたアンサンブル。カーディガンのボタンを開けると、ひときわ大きな一輪が胸に現れる。コレクションの象徴は、スペインのフラメンコダンサー、カルメン・アマヤ。たおやかな彼女を表すような、優雅で躍動感のあるフレアスカートがドラマティックさを引き立てる。ニット ¥500,000、スカート ¥630,000(共にディオール | クリスチャン ディオール)
「先輩方、特に古典芸能の方を見ていると、身体表現の説得力がすごいんです。実際は何もない稽古場なのに、体の動きひとつで部屋が見えてくる。手に何も持っていなくても、“今、お酒の香りがした”と思えてしまう」
そう話す藤間さん自身、俳優であると同時に古典芸能の未来を担うひとりでもある。日本舞踊「紫派藤間流」の初世家元を祖母にもつ彼女は、2021年、26歳で三代目藤間紫を襲名した。
「日本舞踊では、何かを描写することが多いんです。“見立てる”というのですが、そこに何もなくても山があるように見る。誰もいなくても愛しい人がいるようにふるまう。私の場合、目線の先にあるものを直視してはいなくて、自分の中に湧き上がる感情の膜を通して見ている感覚です。その私の体を通じて、お客様は山を見たり恋人の存在を感じたりする……伝わりますか?」
言葉を探しながらの真摯な説明を聞くうちに「日本舞踊って面白そう」と思えてきた。考えてみれば、日本舞踊もその源にある歌舞伎も、もとは庶民の間で流行した浮世の娯楽だったのだ。
「そうなんです。基本は受け継がれた物語があって、踊りの型も設定も決まっています。でも肉づけをするのは生身の演者の自由な体や個性ですから」
その肉づけこそが、私たちにもリアルに響く面白さ。だから、いろんな引き出しを持っていたい。舞台や映画も観に行くし、旅先では予定をめいっぱい入れて観光する。友達とのおしゃべりなど、ささやかな日常を楽しむことも、ずっと続いているマイブームだ。
「松本に行った時は朝いちばんで国宝の松本城に登り、まつもと市民芸術館の近くにある『菊の湯』というレトロな銭湯に入って、喫茶店の『まるも』で一休み。甘いものも大好きで、一回ハマると飽きるまで食べ続けるタイプです。東京では人形町の甘味処『初音』の御前しるこ。ここのおしるこはこしあんで、本っ当においしいんです」
北海道の夜パフェのこと、餃子の皮への偏愛、飼っているフレンチブルドッグの晴男がどんなにかわいいか、そして「サワコという本名をとても気に入っています」という一言まで。好きなものの話が次々と飛び出してくる。
「楽観的な反面、心の中は常にドキドキしているし、葛藤もあるんです。踊りでいうと、昔は楽しいだけで成り立っていた世界が、今は自分の未熟さを突きつけてくる。演技の世界でも勉強不足を痛感してばかり。行き詰まった時は勉強するのがいちばんですが、じつは私の中で流行っている処方箋があって。『これはコントだ』と思ってみるんです。誰かに嫌な言葉を言われても、『……というコントなんだ』と、脳内で変換するだけで楽になる。頭が整理されてまたきちんと向き合える。胸が痛くなる瞬間があっても、全部、踊りや演技の糧になるとすら思えるんです」
煌めきをまとった軽快なシアー素材が、風になびいて羽衣のよう。ランウェイの主役となった色のひとつ、青いニュアンスカラーがインナーと重なり合い、さらに幻想的な面持ちに。袂を想起させる幅の広い袖からも、今季のエキゾチックなムードを感じ取ることができる。ポンチョ¥100,100、中に着たブラウス ¥162,800、スカート ¥264,000(以上ジョルジオ アルマーニ | ジョルジオ アルマーニ ジャパン)
クリエイティブ・ディレクターに就任した、マクシミリアン・デイヴィスによる初のコレクション。編み目が異なるトップとボトムのグラデーションと、歩くたびにリズミカルに揺れるスカートが印象的だったルック。ゆったりとしたフォルムと、深いスリットが作り出す余白から、シンプルな造形美を見出せる。ニット ¥209,000、スカート ¥165,000、シューズ ¥104,500(以上フェラガモ | フェラガモ・ジャパン)
黒と紺のレイヤーを重ねたモダンなスタイル。ブランケットのようなモヘア製コートを、肩から無造作に着崩し、ブランドらしい絶妙なシルエットに。ドレスは変形デザインで、服の裏地をあえて表に出した“アノニミティ・オブ・ザ・ライニング”を表現している。コート ¥404,800、ドレス ¥249,700、中に着たボディスーツ ¥78,100(以上メゾン マルジェラ | マルジェラ ジャパン クライアントサービス)
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藤間爽子
1994年東京都生まれ。女優・日本舞踊家。三代目藤間紫として紫派藤間流家元を務める。舞台『ハムレット』が巡回公演中。NHK連続テレビ小説『ブギウギ』出演予定。