川口春奈と目黒蓮(Snow Man)が共演する木曜劇場『silent』(フジテレビ系 10時〜)が12月22日最終回を迎えました。病気で中途失聴した青年と高校時代の恋人が再会し、家族や友人、周囲の人たちを含めて新しい関係を築き直していくストーリーは大きな感動を呼び、早くも2022年末の再放送が始まっています(記事末尾)。新人脚本家・生方美久が繊細に描き出したドラマの魅力をライター、むらたえりかが考察します。前編はコチラ(レビューはネタバレを含みます)。
『silent』をまだ語りたい!ジャニーズと手話の縁を振り返ったら気づいたことも
まだまだ熱い『silent』
12月22日に最終話が放送された木曜劇場『silent』。無料動画配信サービス・TVerでは、最終話の放送から一週間が経ってもランキング1~2位を維持しており、FODでは1位である(※12月28日現在)。リアルタイムで追った人も多いはずだが、配信で追いかけたり何度も見返したりしている人もあっての、このランキングである。ファンの熱はまだまだ冷めない。
物語は、主人公の青羽紬(川口春奈)が、高校時代に交際していた佐倉想(目黒蓮)と偶然再会することからはじまった。8年前、紬は想から一方的に振られている。「好きな人がいる」というのが、想から伝えられた別れの理由だ。
8年後に紬が再会した想は、耳が聞こえなくなっていた。「若年発症型両側性感音難聴」を患って、聴力を失っていたのだ。別れの理由にあった「好きな人」とは紬のことだった。想は、自分が聴力を失っていくと知っていながら大好きな紬と一緒にいることがつらく、別れを決めた。
このレビューを書いているわたしも、紬と同じく「好きな人がいる」という言葉を「“他に”好きな人がいる」と勘違いしてしまった。同じ言葉でも、伝える側と受け取る側で意味が変わり、すれ違ってしまう。想の妹・萌(桜田ひより)が「知ってるんだっけ?」と目的語を言わずに質問したことから戸川湊斗(鈴鹿央士)が想の失聴を知る場面など、ひとつの言葉でも違う意味を持つ場面を繰り返して物語は進んだ。
耳が聞こえなくなっていく想は、多くのことを隠してきた。紬や湊斗、高校の同級生には病気のことを伝えないようにと、家族に釘を刺す。大学生活では、スポーツ推薦なのに部活を辞めることになり、授業は聞き取れず、同級生には耳元で大声を出されて、困っていることも多い。それを相談しても、保障の制度などを紹介されるばかりで、自分の「気持ち」を理解してもらえないと感じていた。そんなとき、生まれたときから耳が聞こえないろう者の桃野奈々(夏帆)と出会い、自分の気持ちを伝えられるようになっていった。
想と再会した紬は、彼と話したい気持ちから手話を習いはじめるようになる。紬と想は、再び惹かれ合うようになっていく。
恋する人の小さな隠しごと
高校生の頃、想にとって隠すことは楽しいことだったはずだ。「佐倉くん」と呼ぶ紬の声を聞きたくて、想はイヤホンで聴いていた音楽をこっそりと止めていた。湊斗が「想」と呼んでいるのに、わざと聞こえないふりをして何度も名前を呼ばせ、ふたりで笑い合った。そうしたささやかな日常が、取り戻せない美しいものとして描かれた。
ただ、それは想にとっての美しい思い出だ。想に恋している奈々は、リュックのファスナーを開けっ放しにしてしまううっかり者。想からその話を聞いていた紬は、奈々と会ったときにリュックをチェックし「大丈夫、開いてません」と伝える。奈々は、紬と会うときには開けない、と話す。想が自分を呼び止めて、リュックが開いていると教えてくれることを、奈々は楽しみにしていたはずだ。だから、想への思いを断ち切ったあとの奈々のリュックはもう開いていない。彼女はこれからハンドバッグを持つようになるかもしれない。
昔似たような経験をしたのを思い出した。韓国に留学していた頃、ちょっといいなと思う韓国人学生と会話をするときに、なんとなく意味がわかっても、構ってほしいから「聞き取れなかった。もう一回教えて」とお願いしたことがある。相手も、わたしの拙い韓国語の発音がおもしろいのか可愛いと思ったのかわからないが、伝わっていてもわざと何度も練習させてきて、笑い合うことがあった。
名前を呼んでもらったり、ちょっと呼び止めてもらったりするための小さな隠しごと。好きな人とのささやかなやり取りを増やしていくための、登場人物ひとりひとりの小さな努力が可愛い。それが成功したときの、隠しきれない笑顔がまた愛おしく、その度に心をギュッと掴まれるような思いになった。
固有名詞が効いた脚本
紬と想を繋ぎ、ときには離れさせたのが「音楽」の存在だった。高校時代の想は音楽が好きで、スピッツ、the pillows、back number、Mr.Children、フジファブリック、THE BLUE HEARTSなどのバンドの楽曲をよく聴いていた。このドラマの主題歌『Subtitle』 は、バンド・Official髭男dismが手掛けている。
『Subtitle』は、伝えたい気持ちと伝わらない気持ちのもどかしさを歌っている。もうひとつキーになる楽曲は、スピッツの『魔法のコトバ』だと思う。誰も知らないふたりだけのコトバがあればそれだけでいいのだという愛と関係を歌った曲だ。ドラマのなかで、CDやiPodで再生されている形などで特に何度も登場していた。紬と想は26歳だが、その前後の幅広い世代が聴いたことがある曲のはずだ。
脚本の生方美久は、こうしたリアルなアイテムや固有名詞を作品に入れ込むのが上手い。彼女が第33回フジテレビヤングシナリオ大賞(2021年)を受賞した作品『踊り場にて』にも「藤井聡太くんは将棋部だと思いますか」というセリフが出てくる。藤井聡太をよく知らなくても名前は知っているし、「言われてみれば、確かに」と妙に納得してしまうシーンに仕上がっていた。詳しい人にはスッと刺さるし、詳しくない人にもちょっと引っ掛かる。そんな固有名詞を見つける才のある脚本家なのだと思う。
生方美久が重視していたのは、音楽の存在そのものというよりも、その「歌詞」だったのではないかと感じている。物語の終盤にかけて、想はしまい込んでいたCDを再び棚に並べたり、歌詞カードを読むためにCDを買いに行ったりする。彼は詩も好きで、待ち合わせのときに峯澤典子の詩集『ひかりの途上で』(七月堂)などを読んでいた。
音楽が聴けないことにとらわれていた想。でも彼は、自分が楽しんでいたのはそれだけではない、歌詞や詩などの言葉にも惹かれていたのだと気づいていく。そこから、紬と想の最初の出会いである作文「言葉」に繋がっていく脚本には、言葉で思いを届けるのだという脚本家の強すぎるくらいの信念を感じた。
ジャニーズと手話の縁
プロデューサーの村瀬健は、想を演じる目黒蓮が、初めて会う時点ですでに手話の練習をしており手話で自己紹介をしたことに驚いたというエピソードを語っている(FNNプライムオンライン「ドラマ「silent」のプロデューサーが今明かす、最も象徴的なワンシーンと予期せず起きたいくつものチャレンジ」2022年12月26日 より)。ジャニーズアイドルは手話と縁がある。
最も有名なのは、ろう者のファンがきっかけで手話を勉強しはじめた三宅健の話だ。三宅健は、手話番組『NHK みんなの手話』(NHK)への出演がもう9年目になる。NEWSの小山慶一郎は、2009年の『24時間テレビ 愛は地球を救う32』(日本テレビ系)出演から手話を勉強し、2018年には手話検定の準2級を取得している。2020年には、NEWSの楽曲『生きろ』を手話で披露した。関ジャニ∞の安田章大は、2010年から手話をはじめ、翌年には手話検定3級を取得。グループの楽曲の振り付けに手話を取り入れたり、コンサートでのファンとのコミュニケーションツールとして手話を用いているそうだ。
ドラマのなかで、紬が声を出しながら手話をしていることを、想が指摘するシーンがあった。それは想が紬の声を聞きたいのに聞こえないつらさを表す場面だ。しかし、三宅健らの活動を見ていると、そもそも、手話で話すときに声を出すのは、伝える側と受け取る側のどちらにとっても不便であることがわかる。
三宅健は取材などで「手話をしながらしゃべるのはなかなか難しい」と話している(シネマトゥデイ「V6三宅健、NHK「みんなの手話」ナビゲーターに!」2014年3月17日 より)。2017年10月19日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、小山慶一郎はその日の感想を手話で表現した。そのとき、先に声なしの手話を見せ、その後に改めて声をつけてゆっくりと手話をしていた。それは、手話で必要なのは「手の動きだけ」ではないからだ。
手話では、完了形で口を「パ」の形に開けたり、目線や表情で疑問形を表したりする。生まれつきろう者の奈々や、手話講師の春尾(風間俊介)が手話で話すとき、時々「ッパ」とか「ッタ」などのような音が聞こえたのは、それも手話という言語の一部だから。そのため、本来は手話をしながら声で話すことは難しいし、受け取る相手にとってもわかりづらいことなのだという。
そう考えると、覚えたての手話を使ってみたくて堪らない頃の春尾や紬に、奈々や想が抱いた違和感やモヤモヤした気持ちの一部も想像できるようになってくる。学生の頃の春尾は「手話をおもちゃみたいにしている」と奈々に指摘されていた。声なしの手話を先におこなう三宅健や小山慶一郎の姿勢からは、手話を言語としてとらえて、取り組んでいることがうかがえる。
『silent』には、ろう者の俳優も出演していた。春尾の同僚・澤口役の江副悟史や、奈々の友人・美央役の那須映里だ。ふたりの演技を見ていて、連続ドラマや映画にろう者の俳優が出演することが当たり前になっていってほしいと思った。
言葉を信じた人たち
高校生の想の作文は、相手と思いによって言葉は変わる、形を変えることを語っていた。最終話で、奈々は春尾に花束を買う。手話通訳士になれて「おめでとう」の花束だ。その花のなかから、奈々はカスミソウを湊斗と想に渡す。湊斗はそのカスミソウを紬に渡し、紬と想はお互いのカスミソウを交換した。
以前の奈々は、自分が想に教えた手話を、今度は想が紬に教えることを「プレゼント、使い回された気持ち」と言っていた。でも、最後の場面では、カスミソウは「誰かにあげてもいいから」と、人から人へ渡っていく。
このドラマでは、奈々が手渡したカスミソウが、1本だけで手渡されていった。「おめでとう」や「ありがとう」と、乗せる言葉を変えながら渡っていく。何かに添えられて引き立てる役目になりがちなカスミソウ。キラキラとした学生時代の恋愛の時期を経た「いまの彼ら」に寄り添った花だと思う。
監督の風間太樹は『ボクらの時代』(フジテレビ系)出演時に、視聴者の反響があったから、それを追い風として思い切った表現をすることができたと話していた。見ている側が発する言葉を信じるからこそできる表現があるのだとハッとした。プロデューサー・村瀬健が、風間太樹と生方美久、そして俳優たち、彼ら若いクリエイター陣を信じて託していたことも、ドラマが若者を含めた広い世代に注目された要因のひとつではないだろうか。
12月24日、ドラマのロケ地にもなった東京・下北沢の駅には、『silent』のクリスマスツリーを撮影しようとする人たちが絶えなかった。タイトルロゴが飾られた白いツリーが駅前に立っていた。俳優陣のパネルなどがあるわけでもなく、ただそこに立つツリーを見上げるひとたちの姿に、このドラマがいかに愛されたかを見るようだった。
撮影/むらたえりか
再放送情報
木曜劇場『silent』
フジテレビにて、12月27日(火)~31日(土)(※関東ローカル)
第1話:12月27日(火)16:30~17:45
第2話~第4話:12月28日(水)14:45分~17:45
第5話~第6話:12月29日(木)16:00~17:45
第7話~第9話:12月30日(金)14:45~17:45
第10話~最終話:12月31日(土)12:00~14:15
脚本:生方美久
演出:風間太樹、髙野舞、品田俊介
プロデュース:村瀬 健
出演:川口春奈、目黒蓮(Snow Man)、鈴鹿央士、夏帆、風間俊介、篠原涼子、桜田ひより、板垣李光人 他
主題歌:Official髭男dism『Subtitle』
音楽:得田真裕
🗣️
Writer むらたえりか
ライター。国内・韓国ドラマやアイドル写真集のレビュー、インタビュー記事などを執筆。宮城県出身。
🗣️
Illustrator まつもとりえこ
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
twitter