スキャンダルで失墜したエースアナウンサー・恵那(長澤まさみ)と、自らをエリートだと思っている若手ディレクター・岸本(眞栄田郷敦)。冤罪事件を再び取り上げたい二人と、恵那のかつての恋人で官邸キャップの斎藤(鈴木亮平)との関係は……。早くも傑作の呼び声高い『エルピスー希望、あるいは災いー』1話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。
覚悟を決めた『エルピス』1話が、テレビというパンドラの箱を開けた
不平等を感じる、恵那と斎藤の処遇の差
『カルテット』(TBS)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ)、『17才の帝国』(NHK)。『エルピスー希望、あるいは災いー』の佐野亜裕美プロデューサーがこれまで手がけたドラマを並べてみると、自分のつくりたいドラマを次々と実現させる豪腕プロデューサーに見える。けれども『エルピス』のスタートにあたって彼女や脚本家の渡辺あやがインタビューに答えた記事によれば、今回のドラマを実現するまでには相当の困難を乗り越えてきたことがうかがえる。一度は会社まで辞め、けれどもこのドラマを諦めなかった佐野がいて、その熱意を引き出し、そして応えた渡辺がいて、この物語はテレビで放送されることになった。
けれども、そんな経緯を知らずとも、演技から、映像から、ストーリーから、このドラマの迫力は伝わってくる。
かつてはエースアナウンサーだった浅川恵那(長澤まさみ)は恋人との路上キスを週刊誌に撮られ、深夜のバラエティにトバされた。うまく眠れず、うまく食べられず、苦しい日々を過ごしながらそんな全てを飲み込んで、バラエティで笑顔を振りまく。一方、恵那のキス相手である斎藤正一(鈴木亮平)は官邸キャップへと異例の出世を果たしている。これだけでも不平等を感じざるを得ない。
そしてエリートを自認し、周りからどんなに無能扱いされてもなんとも思わないし改善しようともしない若きディレクター・岸本(眞栄田郷敦)。彼は担当するバラエティ番組の出演者に手を出したことをメイクの大山(三浦透子)に知られ、保身のために冤罪事件の真相解明に乗り出す。
すぐそばにある闇の入り口
岸本が番組で取り上げようとしている冤罪事件は、報道からもはねのけられ、自分の番組『フライデーボンボン』のチーフプロデューサー・村井(岡部たかし)からも「おもちゃみてえな正義感で手出していいことじゃねえんだよ」と突き返される。村井は恵那をババア呼ばわりし、21世紀においてもセクハラ、パワハラ、モラハラを振りまくテレビマン。恵那同様、報道からバラエティにトバされた男。「闇、闇って言ってっけど、じゃあ闇ってなんなの? その奥に何がいんの? 言えるか? 言えねえだろうがよ」「闇にあるもんってのはな、それ相応の理由があってそこにあるんだよ」という言葉からは、20年以上報道に携わってきて、おそらくは無力感もよほど感じてきたその蓄積が感じられる。
社内の人間関係に疎く、恵那との関係を知らずに斎藤に声をかけた岸本。そこにやってきた恵那。あまりに空気を読まない岸本によって、ここに三者会談が実現した。斉藤も冤罪事件の死刑判決を覆すのは「無理」と言いながらも「俺なら特集を組むかな」とアドバイスを送る。けれどもその一方で番組に出演する副総理をアテンドし、「森友(の報道)止めてますので」とささやく。その番組にいた記者は、岸本の提案をはねのけつつも「森友の続報どうなった?」とデスクから声をかけられていた滝川(三浦貴大)だ。現場が真実を追求しようとするそのすぐそばで、それを報道させまいとする「上」がいる。こんなにも近くにある、闇の入り口だ。
作り手の本気が伝わるドラマ
最初こそ腰が引けていた恵那は、本気でこの事件に向き合うことを決める。眠れず、食べられず、食べては体が拒否して吐いていた彼女は、食べ物だけじゃなく、納得できない理屈さえも飲み込めない体になってしまったからだ。「おかしいと思うものを飲み込んじゃダメなんだよ」と言う恵那は「私はもう飲み込めない」と宣言する。「でないともう死ぬし、私」。いま、彼女が吐くことなく体に入れられるのは、きれいに澄んだ水だけだ。
冒頭、「実在の複数の事件から着想を得たフィクションです」という文言が表示された。ふつうなら「この物語はフィクションです」という決まり文句が置かれるべきところに、あえてこの文章が掲げられた。それだけでも、このドラマが逃げずにまっすぐ、伝えたいことを伝えようとしているその決意が感じられる。1話だけでもボルサリーノをかぶった副総理や、「森友」という単語の登場に、このドラマの実現がどれだけ大変だっただろうかと思いを馳せる。
恵那のいまの主戦場、深夜の(たぶん生放送の)バラエティ番組『フライデーボンボン』。オープニングの英語ナレーションでは「パートナーのいない人。仕事で疲れた人。週末の予定がない人」に向けた番組であることが伝えられていた。司会者のテンション、上辺のコメント、若くてきれいなひな壇の女性たち。いかにも本当にありそうなこの番組のリアリティも、ドラマにより深く集中する手助けをしている。ディテールまで目を配る監督の大根仁ならではのつくりかもしれない。
ほかにも、「デジタルでノイズを作っているかと思ったらリアルだった!」と話題を集めたメインビジュアルは吉田ユニ。登場人物たちが戦う姿を後ろから支えるかのような音楽は大友良英。清潔感あふれる料理番組の空虚さを突くエンディング映像は、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』で食べることのリアルを見せてきた上出遼平。携わる全員がプロの仕事でこのドラマを支えている。スタッフそれぞれが本気でたくさんの人に届けようとしているその熱意に、心動かされる。
1話のオープニングは「古代ギリシャ語で様々な災厄が飛び出したと伝えられる【パンドラの箱】に残されたものとされ【希望】とも【災厄】とも訳される」という文章から始まった。このドラマは、テレビというパンドラの箱を開けた。そこに残っているのは、希望か災厄か、最終回まで見続けたい。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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