急転直下、DNA再鑑定が行われるが、事態を覆すには至らず。忙しい浅川恵那(長澤まさみ)は密かに事件を追い、経理部に異動した岸本拓朗(眞栄田郷敦)は足で取材を重ねるが……。『エルピスー希望、あるいは災いー』7話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。6話のレビューはこちら。
考察『エルピス』7話。平川の言い分(安井順平)に虫酸が走るが、私たちは彼に近いのかもしれない

組織の中で違う動きをすること
「あっ。はい、わかります、それは」。浅川恵那(長澤まさみ)が弁護士・木村(六角精児)の「組織というのは必ずしも一枚岩ではない」という言葉にふと気づいたように打った相槌が印象に残った『エルピス』7話。
組織の中でゲリラ的な動きをした結果、いまの状況にある恵那にとっては、腑に落ちる言葉だったのだろう。
検察、警察、裁判所、そしてテレビ局。なにかコトが起こった時、「警察っていつも〜」とか、「テレビ局ってヤツは〜」とか、私たちは組織そのものに意志があるように扱ってしまう。けれど、組織の中には人がいて、常にその誰かが判断をくだしているのだ。思えばこの『エルピス』というドラマが作られ、放送されること自体、驚きを持って迎えられた。これも、佐野亜裕美プロデューサーらの強い意志が貫かれた結果生まれたものだ。
誰もが半ば無理だと思っていた松本死刑囚(片岡正二郎)のDNA再鑑定の決定が下される。長年弁護士をやってきた木村でさえ「都市伝説みたいに思って」いたほどの奇跡的な決断。それは、退官間近の東京高裁裁判官がもうすぐ組織の人でなくなるという理由で下せたものだった。しかし、検察が真っ当な答えを出すとは信じられない岸本拓朗(眞栄田郷敦)は、組織の中の人間にある正義をそれでも信じたいと言う恵那に「なに平和ボケしてんですか」「甘すぎますよ」「ボケてるフリして考えることから逃げたいんですか?」と言い募る。恵那はその言葉に激昂し、拓朗を殴り倒す。はたして検察は、拓朗の予想通り「DNAは検出されず」という結果を出した。
村井(岡部たかし)に言わせれば、拓朗も村井も「さびしい男」だから恵那に嫌味を言ったし、泣いているのだという。甘ったれた酔っ払いの村井は放っておくとして、拓朗は一人で取材をすすめるさびしさもありつつ、友人・悠介(斉藤天鼓)が拓朗の母(筒井真理子)に言った通り、遅く来た反抗期でもあるのかもしれない。
私たちに近い、平川という男
7話には、組織にいながらにして思いがけない動きをする男がもう一人登場した。かつて連続殺人事件の捜査を担当していた八飛署の刑事・平川(安井順平)。3話で恵那と拓朗が冤罪の可能性について取材に行った際には「そんなこと、絶対あり得ませんから」ととりつく島もなかった。ところがここにきて、拓朗に「話せる限りのことを話す」と50万円を要求。かなり上の方の人間の圧力により、署ぐるみで松本を犯人にでっちあげたことを語る。「代わりに逮捕できるなら誰でもよかったんでしょうけど」と平気で言い、「今となっては僕だって真相の解明を願ってるわけですよ」とうそぶく。
拓朗たちの手によって松本が真犯人でないという証拠が次々明らかになり、八飛署は「明らかに詰んじゃってる」。「僕個人としては正義側の人間であると自分を思いたい」から拓朗にこっそり情報を提供したのだという。「僕個人としては正義側の人間であると自分を思いたいわけですよ」と言いながら金銭を要求したことに対しては「自分のもの買うつもりないんで」「娘のピアノとかかな、買うとしたら」と謎の理屈で答える。
平川の飄々とした振る舞いを見ているとイライラした。所属する組織に対して諦めと嫌悪を持ちながら、自分では何も変えようとせず、「早く息の根止めてやってくださいよ」と拓朗に丸投げする男。自分たちの保身のために人の人生がめちゃくちゃになることに痛みを感じていそうにない男。けれど、現実に翻ってみたとき、自分がもっとも近いのは恵那でも拓朗でもなく、平川になってしまうのだろう。「聞かない、考えない、話さない」「知ったら余計な悩みが増えるだけじゃないですか」。恵那だけじゃなく、平川も、私たちも忙しい。自分の人生を守るのに必死だ。だから、正義を貫くなんてたいへんなことを、やっている暇がないのだ。
「マジくそっすね」という拓朗に「百も承知ですよ」と即答する平川。自分をクソと認識しているだけよほどマシなのかもしれない、とさえ思ってしまう。
ジャーナリスト・斎藤のこれからは
大洋テレビを離れた斎藤正一(鈴木亮平)は、フリージャーナリストとしてタレント的にテレビに出演しはじめる(番組を見てはじめて斎藤が局を辞めたことを知った拓朗の社内事情に対する疎さは相変わらずだ)。拓朗が見たテレビで、斎藤は増税の意義について語っていた。そのビジュアルと「わかりやすい」解説で、きっと人気が出ることだろう。そしていつしか視聴者は彼の言うことを信頼してしまうだろう。その後ろにいる、彼にその解説をさせている存在に気づくことなく。
これまで恵那と拓朗が交互に担当していたナレーション。7話では、二人が交互にナレーションを当てていた。ここからいよいよ、二人が力を合わせて新たな、全てを吹っ飛ばすような真実にたどり着くのだろうか。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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