すべてがうまくいくかに思えた浅川恵那(長澤まさみ)をどん底に突き落とした再審請求棄却。一方、過去と向き合った岸本拓朗(眞栄田郷敦)の号泣と空虚の行きつくところは……?『エルピスー希望、あるいは災いー』4話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。3話のレビューはこちら。
『エルピス』4話「負けざま」を象徴するベッドシーン…権力に負けた恵那と拓朗に胸が痛む
テレビのルールで正しさが勝つ
エルピスには、回ごとにぐっとこちらに迫ってくるテーマがある。2話なら「真実と嘘」。3話なら「空気を読む」こと。そして先週放送された4話は「権力と勝ち負け」だ。今回、私達は浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)の負けざまを目の当たりにした。
『フライデーボンボン』の生放送中、浅川恵那(長澤まさみ)がゲリラで放送した連続殺人事件冤罪疑惑を訴えるVTRは、普段よりも高い視聴率を獲得。恵那が突っ走った「正しさ」は、大衆に刺さった。
恵那が暴走しても、アシスタントの女性による「では、次のコーナーに行きましょう」の一言でいつもの番組の空気に戻る。この切り替わりの速さこそ、テレビの特性という感じがする。ふだん、つらいニュースの直後に動物園の赤ちゃんの話題が並んでいても、私たちはそれを当たり前のように受け入れている。
恵那がVTRを放送するにあたり、事前に唯一承諾を得ていたのは、MCの海老田天丼(梶原善)だった。その話を聞いて止めることなく、「俺は番組が面白くなればどうでもいいからさ〜」という海老田天丼の受け入れ力は、彼が低空飛行ながらここまでテレビに出続けてきた秘訣なのかもしれない。彼は、視聴率が出る前からこのVTRを「面白かったよ」と言える人なのだ。
恵那の「負けざま」を象徴するベッドシーン
「おじさんたちのメンツとプライドは地雷なの。死んでも踏まないように歩かなきゃいけないんだよ」。局長がNGを出していたVTRを勝手に放送し、しかも高視聴率をとってしまったと戦々恐々とする恵那。彼女は、というか女性や若手は、日々そんなふうにしてなんとか自分たちの仕事を実現しているのだ。けれど、何も知らなかった局長は高い視聴率に上機嫌。恵那に局長NGを言い渡したプロデューサー・名越(近藤公園)は、実は局長に通すことなく放送を止めていたのだった。番組を、仕事を「ナメている」名越に先んじて、局長のお墨付きを得た第二弾の放送を高らかに宣言する恵那。
被害者遺族にも感謝され、第二弾も好評のうちに放送を終えた。第三弾も、と勢いに乗る恵那たちの心をぽっきりと折るできごとが、ちょうど放送の真ん中あたりで起こる。松本死刑囚(片岡正二郎)の再審請求が棄却されたのだ。
自分たちの放送が再審の道を阻んでしまったと自分を責める恵那に、「まさか」というテンションで拓朗は言う。「裁判所の中の人って、例えば誰なんですか。誰が何のためにそんな焦るんすか」。そう、恵那たちはそんなことも知らされないまま、顔の見えない相手からただただはねのけられている。
「自分たちの間違いを認めないために」殺人事件の捜査に消極的な警察。狙ったかのように再審請求を棄却する検察。再審請求というものは、ときにまるで容疑者が死ぬのを待つかのようにたっぷりと時間をかけたうえで棄却されることさえあるのだという。チーフプロデューサーの村井(岡部たかし)が最初に恵那たちの企画書をはねのけたときに言った「闇ってなんなの? その奥に何がいんの?」。それもわからないまま、恵那は圧倒的な権力に押しつぶされようとしている。
斎藤正一(鈴木亮平)と恵那のベッドシーンは、恵那の「負けざま」をあまりにも象徴的に表していた。正しさを信じて突き進み、奇跡的にうまくいった、と思った。けれども扉は少しも開かれなかった。その徒労感が、妙に落ち着いたナレーションの声からにじみ出る。自分を組み敷こうとしている相手が自分をつぶそうとしている権力そのものと繋がっているかもしれないのに、あまりにも権力の姿がつかめなくて、どうやってもかないそうになくて、目の前に差し出された手を振りほどくことができない。抱かれることで「守られているような気がして」しまい、そちらに流れてしまう恵那。
佐野亜裕美プロデューサーのTwitterによると、このシーンにはインティマシー・コーディネーターの浅田智穂が参加していたという。インティマシー・コーディネーターとは、性的描写のあるシーンで、制作側の意図を汲みながら俳優側の精神的、身体的な安心安全を守って撮影ができるようにする役割だそうだ。センシティブなシーンに役者が安心して臨んだ結果、より多くのものが伝わってくることもあるのかもしれない。こうした取り組みは今後どんどん広まってほしい。
恵那にショックを与えた拓朗の表情
拓朗は視聴者からのガセ情報を真に受けてしまっていたけれど、見ながら私もすっかり拓朗と同じ気持ちになっていた。恵那のマンションで拓朗が斎藤と遭遇したときには、斎藤に証拠を握りつぶされるんじゃないかとハラハラしてしまった。大きな権力だけではなく、ちいさな私利私欲も、正しさを邪魔してくる。
「自分が何に負けてきたのかちゃんと向き合え。それができねえ限り、お前は一生負け続けて終わるぞ」と村井に言われた拓朗。学生時代、いじめで自殺した友人を見殺しにした自分は、あのとき権力に負けたのだと改めて認識する。見て見ぬ振りをしてきた自分の過去と向き合い、負けを認めた拓朗は変わってしまった。どうやらかつての恵那のように、食事もうまくできなくなってきているらしい。斎藤について口止めをする恵那に対して何も応えることなく、暗い目で一瞥するだけで去る。そこにかつて恵那がひるんだような「目力」は少しもない。目に光が入っていない。4話での眞栄田は、泣き叫ぶシーンもさることながら、このどろんとした表情の衝撃度がとても大きかった。恵那の「弱さを、愚かさを、情けなさを見抜かれたと思った」というナレーションに説得力をもたせた顔だった。
それにしても、二人の不器用さに心が痛む。大半の人は自分が過去に犯した罪を、受けた傷を、負けたこと自体をなかったことにして生きているのに、二人はそれを受け止めたうえで、傷ついているのだ。
サブタイトルが指し示すもの
先週に引き続き、新聞記者・笹岡(池津祥子)の登場シーンには楽しませてもらった。あいかわらずごちゃごちゃした荷物とパソコンのデスクトップ、眼鏡の角度、姿勢、しゃべり方に宿るリアリティ。今回も彼女はなぜパソコンを2台使っているのだろうと疑問だったが、12年前の事件の際に使っていたものをそのまま持ってきているということだろうか。彼女のもたらす細やかな情報が、この閉塞的な状況を打開してくれるといいのだが。
『エルピス』のこれまでのサブタイトルでは、相容れないものが提示されていたように思う。1話は「冤罪とバラエティ」。2話は「女子アナと死刑囚」、3話は「披露宴と墓参り」。4話が「視聴率と再審請求」。しかし、5話のサブタイトルは「流星群とダイアモンド」。どちらも美しい、印象としては似通ったもののようにも思える。負けてしまった恵那と拓朗の二人を、どんな展開が待ち受けているだろうか。
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平、三浦透子、三浦貴大 他
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣 護(クリエイティブプロデュース)
主題歌:Mirage Collective『Mirage』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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