川口春奈と目黒蓮(Snow Man)が共演する木曜劇場『silent』(フジテレビ系 10時〜)は、病気で中途失聴した青年と高校時代の恋人が再会し、家族や友人、周囲の人たちを含めて新しい関係を築き直していくストーリー。今夜12月1日、第8話が15分拡大で放送される話題沸騰中のドラマの繊細な魅力をライター、むらたえりかが考察します。(レビューはネタバレを含みます)
川口春奈×目黒蓮『silent』生きづらい人を生きづらく、わかり合えない人をわかり合えないまま描くドラマの挑戦
耳から画面に惹きこまれるドラマ
木曜劇場『silent』(フジテレビ系)は、生っぽいドラマだ。主人公の青羽紬(川口春奈)と紬の恋人・戸川湊斗(鈴鹿央士)の、ファミレスでの「ハンバーグ?」「うん、チーズで、インで」というやり取り。紬の弟・光(板垣李光人)が、湊斗に怒っているかどうか確かめるときの「湊斗くん、怒(ど)?」という独特な問い掛け。
彼らのやり取りは、言いたいことは伝わるが言葉が断片的で、ただセリフを書き出しても、何が起こっているかはっきりとはわからない。だから、登場人物たちの表情や、彼らがいる空間や、置かれている状況など、全体をよく見ていくことになる。耳から画面に惹きこまれていく感覚がある。
振り返ってみると、自分の日常の会話もきっと、他の人から聞けばはっきりと意味がとれないことがあるのだろう。家族や友だち、恋人同士だから通じる独特のテンポや言い回しがきっとあるはずだ。そう考えると、『silent』のセリフは「リアル」というより、やっぱり「生っぽい」と言いたくなる。
アイドル・目黒蓮を生活者として撮る
その感覚は、セリフだけではない。高校を卒業してから徐々に耳が聞こえなくなり「中途失聴者」になった佐倉想を演じるのは、アイドルグループ「Snow Man」の目黒蓮。ファンやメンバーから「めめ」というニックネームで呼ばれている。アイドルとしてステージに立ったり、バラエティ番組に出たり、ミュージックビデオに映ったりしているときの目黒と、想を演じているときの彼の印象が違う。特にそれを感じたのは、肌の質感だ。
紬と想は、高校生の頃にお互いを好きになり付き合っていた。しかし、自分の耳が聞こえなくなるとわかった想は、紬と離れる選択をする。同級生たちや教師の古賀(山崎樹範)などの周囲の反応から、ふたりとも高校時代はかなりモテた美男美女カップルだったようだ。第2話、想は暗い台所に立ち、シンクの上についたキッチンライトのしたで、スマートフォンの画面を見ていた。横顔がアップになると、頬の毛穴の凹凸まではっきりと見える。スマホを持った指が乾燥してカサついている感じまでわかる。
最新の第7話、ファミレスで想と紬が話す場面があった。そこでも、ファミレスの天井の明かりのせいか、ほうれい線や頬のザラつきが浮かび上がっている。想が会社で上司に「しゃべれないのか」と聞かれたあとのことだ。前髪の影かクマなのか、上司に言われたことで疲れた感じが、その佇まいと表情から醸されている。
想の役は、目黒にあてがきされたものだという(TVガイドweb「川口春奈&目黒蓮は「イメージ通り」 本格ラブストーリー「silent」村瀬健プロデューサー&脚本・生方美久が2人の印象を明かす【前編】」より)。アイドル・目黒蓮を美しく撮ろうと思ったら、毛穴はメイクや照明でいくらでもないものにできる。このドラマでは、彼をそう撮らないことで「この世界ではひとりの生活者である」と示している。
優しくて生きづらい人にきれいな光を
1話が紬、2話が想、3話が湊斗のモノローグではじまり、それぞれの思いを語る。そして、モノローグがなくなる4話からは、さらに人間模様が動き出していく。湊斗が紬に「別れよう」と告げ、想には「紬、想の横にいるときが一番可愛いんだよね。知らなかったでしょ」と伝える。大好きな想と、大好きな紬に一緒にいてほしいと願う。
いまにも泣いてしまいそうな声で話す湊斗のまつ毛に、西日が当たる。長いまつ毛が影として頬に落ち、泣いてはいないのに、まつ毛が照らされて涙を含んでいるように見える。湊斗を美しく撮ろうという意図をもって撮られているように感じる。
紬は、職場で彼氏の湊斗がどんな人が聞かれたとき、こう答えていた。
「主成分『優しさ』って感じの人で」「怒んないんです。怒ったとこ、見たことなくて。人のために全力で優しさ使っちゃって、自分の分残すの忘れちゃう人で」
職場の同僚・ゆかこ(内田慈)は呆れたような顔をして、「生きづらそうだね」と返していた。実際、湊斗は苦しむ。最初は、親友だった想の耳が聞こえなくなったことを受け入れられず、「できれば(手話は)覚えたくないですね。また普通に話したいです」と言っていた。想と話すために手話を習いはじめた紬に、「すんなり受け入れて、手話まで覚えて、普通に顔見て話して、すごいよね。すごいよ」と、そうできないことを自嘲するように言う。そして、そんな自分が嫌で紬を手放してしまう。
湊斗は「想のこと、悪く思えば楽だったから」とも言う。紬や想たちからは優しい湊斗と思われているが、自分のズルさやいやらしさを認めている人だ。そんな人にきれいな光が当たってほしい。西日のシーンでの彼に、そんなことを思った。
わかり合えない者をわかり合えないまま描く
「ろう者と聴者と中途失調者、みんな違うからわかり合えない」
想にそう話したのは、耳が聞こえなくなってからの想の友人・奈々(夏帆)だ。想にとって、耳が聞こえなくなっていくときにそばにいてくれた奈々。彼女は、生まれつき耳が聞こえないろう者で、想に手話を教えていた。
第7話では、想が奈々の恋心に応えられないと伝えそうになる。彼女はそれを止めて、「振らなくていい」「悪者になろうとしなくていい」と伝えた。昔は病気のことを隠し、悪者になろうとして紬を振った想。「悪者になろうとしなくていい」という奈々の言葉は、紬を傷つける方法でしかお互いを守れなかったかつての想に向けられているようにも感じる。
下手な手話で、伝えたい気持ちをまっすぐにぶつけてくる紬のことを、奈々は「愛おしい」と言った。外国人がつたない日本語を話す姿や、ろう者が必死に声で話そうとする姿を、可愛いと言うのは差別的な感覚だ。
そう考えると、奈々が言う「愛おしい」は複雑だ。手話が第一言語であり、手話を「話せる」奈々が、つたない紬を愛おしがれるのは、紬が「話せない」からだ。けれど、聴者のほうが多い世の中では、奈々のほうがマイノリティである。個人の間と社会のなかでは、立場が変わる。その揺らぎを、揺らぎのまま描いている。複雑なものを複雑なまま、揺らぐものを揺らぐまま、わかり合えない人同士をわかり合えないまま描く。そんなもどかしさを、もどかしいまま見ている人に手渡すドラマだ。
12月1日放送の第8話は、15分拡大版。想と紬が一緒にいることが、それぞれの家族や、周囲にも波紋を広げていく。ふたりが高校時代に聴いていたスピッツの『魔法のコトバ』の歌詞のような、“ふたりだけにはわかる”関係だけでは生きていけない。そんな困難が描かれるかと思うと見るのがつらい。それでも、紬と想が静かに寄り添っていく姿を見つめたいと思う。
脚本:生方美久
演出:風間太樹、髙野舞、品田俊介
プロデュース:村瀬 健
出演:川口春奈、目黒蓮(Snow Man)、鈴鹿央士、夏帆、風間俊介、篠原涼子、桜田ひより、板垣李光人 他
主題歌:Official髭男dism『Subtitle』
音楽:得田真裕
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Writer むらたえりか
ライター。国内・韓国ドラマやアイドル写真集のレビュー、インタビュー記事などを執筆。宮城県出身。
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Illustrator まつもとりえこ
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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