20周年を迎えた〈トム ブラウン〉。これまでの軌跡をまとめたアニバーサリーブックとカプセルコレクションを携えてトムが来日。節目の思いを語ってくれた。
グレースーツに導かれた20年。トム・ブラウンにインタビュー

夕暮れ近い南青山の通りで、グレーのスーツに身を包んだ一団が談笑している。中心にいるのが、2003年にブランドを立ち上げたトム・ブラウンその人だ。
かつてはロサンゼルスで俳優を志していたというトム。服飾業界に身を置くようになったのは、夢破れて移った先のニューヨークでのことだった。当時について尋ねると、「本当に、デザイナーになるとは考えたこともなかったんです」と、穏やかな声で答えた。
「〝人生そのもの〟に導かれた感覚でしょうか。背中を押されるようにすべきことをしているだけだ、と思っています」
天命を受けた人ほど、静かにその仕事を遂行していくものなのかもしれない。とはいえ、彼がモード史にもたらしたインパクトは絶大だ。「シュランケン(縮められた)」と呼ばれたタイトな上着に、くるぶし丈のスラックスもしくはショートパンツ。古典的なテーラリングを再解釈して作られた服は、まずメンズにおいて一大潮流を成した。2012年には待望のウィメンズラインを開始。プレッピー的マナーを下敷きに、揺るぎないスタイルを発信し続けている。
「20年間を振り返ると、すべてのシーズンが印象的です。同時に、着実に進化を重ねられてきたと思います。物語を伝えるためのベターな形を、常に探ることができているのです」
トムの「物語」の核にあるのは、アメリカが愛してきた古き良き紳士服の世界観。グレースーツはその象徴だ。
「テーラリングには子どもの頃からなじみがあり、ずっと愛好していました。グレーを選んだのは、シンプルで力があり、タイムレスな色だから」
そのコンセプトは、さまざまな形でアウトプットされてきた。ひとつの極致が、今夏パリのガルニエ宮で発表されたオートクチュールコレクションだろう。トムにとっては初めての挑戦だった。
「それまでも何度か誘いはありましたが、プレタポルテで十分な質を実現できている自負があったので、参入していませんでした。けれど今回は、20年目のよいお祝いになると思ったんです。それにやはり、米国人デザイナーとしては、パリのオートクチュールというのは一度は上ってみたい舞台ですしね」
ショーでは、原点でもあるグレースーツをあらゆるフォルムや色相で表現。客席を背広姿の人型切り抜きで埋め、ゲストの度肝を抜いた。「誰も見たことのないものを作る」ことが〈トム ブラウン〉の矜持だと、世界に示したのだ。
今年はアメリカファッション協議会の会長にも就任し、名実ともに業界の頂点に座すことになったトム。しかし、地位と名声に甘んじる様子は一欠片もない。
「いわゆる社会的成功には昔から興味がありません。私にとってまず大事なのは、真に自分らしくいること。そして、ファッションという〝美しい経験〟を作ることです」
真剣な面持ちでインタビューに答える彼が、ふっと相好を崩したのは、「あなたのようになりたいと願う若い世代に一言を」と投げかけたときだった。
「第一に、私のようになりたいなんて思ってはいけません!」と切り返す。それからまた、ゆっくりと言葉を継いでいく。
「他の誰でもない〝自分〟でいたいと思っていてほしい。それが創造性だし、周囲にもよい刺激を与えます。単に服を作るよりも大切なことなんです」
Photo_Kisshomaru Shimamura Text_Motoko Kuroki