『青いパパイヤの香り』『夏至』などで知られるトラン・アン・ユン監督最新作『ポトフ 美食家と料理人』は、19世紀末に「食」を追求し、芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼のひらめきによってできたメニューを完璧に再現する天才料理人ウージェニーの愛と人生を描く。フランスの三つ星シェフ、ピエール・ガニェールの監修のもと、香り立つような繊細で目に美しい料理の数々がスクリーンを彩る本作への思いを、第36回東京国際映画祭で来日中のトラン・アン・ユンさんに聞いた。
『ポトフ 美食家と料理人』トラン・アン・ユン監督インタビュー
「味覚、嗅覚という感覚的記憶を呼び覚ますような映像を提供したい」

──『青いパパイヤの香り』を初めて観たとき以上に、嗅覚、味覚が刺激されました。まさに、匂いを感じさせ、お腹を空かせるような映像と言うのでしょうか。
私たちフィルムメーカーができることは、基本、ビジュアルとサウンド面でしかないですが、より具体的且つ的確に、オーセンティックに、正直に、現実を反映することによって、嗅覚というフィルムには記録されないものを埋め合わせる何かが観客の脳裏に生まれてくるんですよね。観客の一人一人も、食べ物にまつわる経験としての情報がある。そういう感覚的な記憶を呼び覚ます、素晴らしい映像を提供できるかが肝になってきます。だから、私は目の保養になるような、目にとってのお祭りのような(笑)、そういうものをお見せしたいと思っています。
──冒頭の、長尺の料理シーンは、リズミカルで楽しくて、ずっと観ていたいという気持ちにさせられました。セリフも音楽もなく調理工程のみで見せる、というのは本編の一つの挑戦だったのではないですか?
あのシーンを実現するのは、本当に大変でした。最初は、自分一人で導線を考え、その後、助手たちと一緒にリハーサルをし、iPhoneでテスト撮影をして。ただ、すごく厳密には作り込むことはせず、おおよその流れができたところで俳優に入ってもらって、彼らと同時に僕自身も発見していけるようにしました。例えば、撮影位置をマーキングして決め込んでしまうと、カメラが自由に動けません。カメラが絶妙のタイミングで調理の工程を撮れるよう、すごく複雑な工程をみんなで作り上げていきました。
──映画がひとつの言語であり、総合芸術であるように、ガストロノミーもまた、一つの言語なんだと感動しながら観ました。
アートについても同じことが言えますが、料理という言語も、その段階ごとに作り手が味わってみて、評価をする。その繰り返しですよね。ちょっとこれは塩気が足りないなとか、もう少しスパイスを足した方がいいなとか。監督という仕事も、ほとんど同じだなと私は考えています。

Photo_Wataru Kitao Text&Edit_Tomoko Ogawa