最愛の父の誕生日に、病気で療養中の父の元を訪れた7歳の少女が体験する1日をみずみずしく描く『夏の終わりに願うこと』(8月9日公開)。第73回ベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞し、第96回アカデミー賞国際長編映画賞ショートリストに選出された本作を手掛けるのは、メキシコの新鋭として注目を集めるリラ・アビレス。 今年3月には、国際女性デーに合わせ、マテル社が“ロールモデル”として世界で活躍する女性らをモデルにしたオリジナルのバービー人形を贈呈するプログラムの一人に、ヘレン・ミレン、ヴィオラ・デイヴィス、カイリー・ミノーグらと共に選ばれた。アルフォンソ・キュアロンといった監督らも絶賛する、彼女のまなざしと独自性のあるストーリーテリングの秘訣について聞いた。
映画『夏の終わりに願うこと』監督リラ・アビレスにインタビュー
「自分にとって映画は、心臓の鼓動のようなもの」
──7歳の少女ソルが中心になりながら、一つの家族や友人たちが小宇宙のように映し出される本作ですが、脚本はどのように生まれたのですか?
長編一作目『The Chambermaid』(日本未公開/18)を監督した後に、娘のことを考えて、この作品をつくりたいと思っていました。パーティーの日もそうじゃないときも、彼女と一緒に過ごしてきた日々は私にとって旅であり、冒険でもあったんですね。悲しいことに彼女は早くに父親を亡くしているので、彼女の思い出のために何か深くて美しい物語をつくりたいと考えていたんです。芸術のおもしろさは、とてもパーソナルなところから始まったものが、いろいろな場所へと広がっていくところですよね。
──本作は、世界70以上の映画祭で上映され、30以上の賞を受賞されていますしね。原題である「Tótem」は、どんなときに思いついたんですか?
自分が娘を肩車して撮った写真を見たときに、パッと思い浮かびました。ほかに選択肢はありませんでしたし、この言葉から全ての芽が出てきたと言っても過言ではないですね。観ている方に解釈を押し付けたくはないので、それぞれにその意味を想像してもらえたら一番嬉しいですが。
──ソルの心情がすごくリアルに伝わってきて、自分の幼少期の好奇心、そして心細さや不安感といった感情が蘇るようでした。ソルというキャラクターには、ご自身の少女だったときの感覚も入っているのでしょうか?
私自身の要素もかなり強く入っていると思います。私の娘は、7歳当時、そこまでいろんなことを表現するところまで至ってはいなかったので。
──人間同士だけでなく、言葉だけでない、さまざまなコミュニケーションが同時多発的に描かれているのも魅力的です。
私にとって重要なのは、私たちがどうやってつながっていて、お互いにどう関わるかというアニミズム的な部分です。どうしてなのかはわかりませんが、私たちは本来、霊魂的なものを介してコミュニケーションをしていたはずなのに、社会的な動物として生き、日々忙しく過ごしているうちに、そういったコミュニケーションが失われてしまったように思っています。
──確かに、そうかもしれません。ソル以外の登場人物も、まるで全員が主役かのように生き生きとして映りました。どのようにキャラクターをつくっていったのでしょう?
私は多様性をすごく美しいものと捉えていて、それぞれの人が唯一無二であることが、人の価値であると考えています。監督として、私はそれを撮影することがすごく好きで。そういう人生のエレメントをキャッチしながら遊ぶことで、自分自身のことも美しいというふうに感じることもできる。 この映画において、遊ぶという言葉は大事なキーワードになっていました。
──学校では映画を学ばれていないそうですが、どういった道のりで映画監督になったのかをお伺いできますか?
若い頃からあらゆる制作現場で働いて、制作も美術もやりました。映画の現場だけではなく、オペラのシアターでも仕事をしました。かなり若くして母になって、これで人生終わりかと思ったのですが、人生は続くし、成熟していくわけです(笑)。娘がいたので、稼がなきゃいけなかったし、仕事として現場で学ぶというのが、一番いい方法だと思ったんです。同時に、映画監督にはずっとなりたかったので、自分の物語は書き続けていました。シアターでは楽しく仕事をさせてもらっていたけれど、自分にはそれ以上の自由が必要だと感じ、一番安いビデオカメラを買って撮り始めたんです。周りから見たら馬鹿げてると思うような実験もいろいろして、そうやって生まれたのが、前作『The Chambermaid』でした。
──あなたにとっての、映画の先生を挙げるとしたら?
たくさんいます。まずは、スペインに生まれ、メキシコに帰化した監督ルイス・ブニュエルですね。それと、ジョン・カサヴェテス、エドワード・ヤン、アニエス・ヴァルダ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダース、小津安二郎……。私は、ノーマルなディレクターが好きなんです。今こうやってお話をしていることもまた、自分の映画のためになっていると思います。
Photo_Raita Yabushita Text&Edit_Tomoko Ogawa